「疑う余地のない、2019年最高傑作のひとつです。」女王陛下のお気に入り 琥珀さんの映画レビュー(感想・評価)
疑う余地のない、2019年最高傑作のひとつです。
驚愕のラストでした。
どんでん返しとか、すべてがひっくり返る種明かしが待っているという訳ではありません。
女王とエマ・ストーンの表情の変化だけで語られる内容が、実に深く見る者の心に揺さぶりをかけてくるのです。余韻の残り方、引きずられ方が尋常でないので、エンドロールもあっという間に感じられました。
ひとことで言えば『こんなはずじゃなかった』3人の物語。
女王だって今は愚鈍な操り人形のように見えるけれど、子どもたちを失った悲しみ、自分の身体が思うようにならない苦しみ、決裁が欲しい時だけ擦り寄ってくる男ども、こんなものに囲まれていたら、子どもの頃からの信頼関係(つまり、レイチェル・ワイズ)に依存してしまうのも無理はない。しかも、それなりにうまく機能してるのですから。
なのになぜ、エマ・ストーンの詐術で簡単にレイチェル・ワイズとの信頼関係を疑ってしまったのか。人間はうまくいってるはずの安定した状態であっても(いや、安定しているからこそ退屈に感じてしまうことがある)新しい、しかも魅力的な刺激があったら、ついそちらになびいてしまうという困った性癖があります。長患いの痛みまで緩和してくれたら尚更です。
レイチェル・ワイズが宮殿を追われたあと、比較的執着心が薄く感じられましたが、一旦フリーになってみると、女王を心身とも支えてきたことや政治的判断を負うことの責任からの解放が意外に心地よいことに気付いたからだと思います。
もちろん、こういう人は一定の時間が経つとまた意欲が湧いてきて本気で復帰することを考えることになるのですが。
エマ・ストーンの野心はとても分かりやすく、前半はそのやり方の豪快さや大胆さに清々しささえ感じられて、殆どの人が応援したくなります。
ところが、後半になると知略や駆け引きとは言えない〝犯罪〟の領域にまで踏み込み、それまで応援していた人も、もうそれくらいにしようよ、と引き気味になります。
そして、成り上がりゲームのゴールに達してからは、大きな目標を失った人にありがちな、無目的でやや破滅的なばか騒ぎと気の緩み(女王陛下からの信頼を得るための繊細な目配りが疎かになり、油断した行動をとってしまう)が出てしまうのです。
三者三様の複雑な人間模様、人間の強さと弱さ(というより脆さといった方がしっくりくる)が、アカデミー賞級の演技力と演出であぶり出された質の高い作品だと思います。
3人ともが先行きに明るい展望を持てないこの終わり方、やはり衝撃のラストとしか言いようがありません。
エマ・ストーンの苦渋が、自分は周囲の人と信頼関係で繋がることができない人間であることを悟ったことの哀しみに拠るのだとしたらこれほど切ないことはないですね。
ひよこ太郎さん
身に余る過分なお言葉をいただき、ありがとうございます。
あの長いカットの意味(脚の悪い女王があの動作で、エマ・ストーンに、お前もウサギと同じなのだと示したこと、それをエマ・ストーンがどんな思いで噛み締めたのか)を想像しながら書きました。
琥珀さんがコメントで書いておられた、ラストシーンの解釈が素晴らしいなと思いました。全面的に同意します。
笑えるところも多かったですけど、後味はなかなかビターな作品でしたね。