「人の心は複雑で醜く、美しい。」この世界の(さらにいくつもの)片隅に eigaさんの映画レビュー(感想・評価)
人の心は複雑で醜く、美しい。
2016年に賞レースを席巻したこの世界の片隅にの「長尺版」いくつもの片隅に。東京映画祭の先行上映で観てきました。未完成版です。
※公開版も鑑賞済みです。加筆します。
東京映画祭版から再修正された場面もありました。
こだわりたるや、見事です。
……胸が痛い。
登場人物が皆、善良と言われていた前作この世界の片隅に、しかし、
すずさんは意外と勘が鋭く、人並み、またはそれ以上に嫉妬深く、主人の過去カノにプレゼントを突き返す強さがありました。
その優しい主人は遊郭の女に入れあげた過去があり、
人が良さそうな叔母は人前でズケズケと配慮のない言葉を並べ…
前作では見られなかった人の心の複雑さ、ややこしさを感じる場面がところどころに追加されています。
さらに描かれる5つの「死」
主人公のひとり、りんさんは理解ある友人、大人なようで、それは実は諦めが達観に繋がっているだけで、これがまた観ていて辛い。彼女は言葉通り女街を出る事なく空襲で命を落とし、彼女の同僚ですずさんに口紅を託したテルは呆気なく病で死に、最愛の妹は父母の死と、自らの死と必死に向き合い、知多さんはすずさんの想いを目の当たりにしたことが命取りに。そして慕ってくれた姪も。。
脆い、あまりに弱い彼女たちの毎日の暮らし。
それでも時に笑顔溢れる暮らし。ささやかな日々、それらいくつもの片隅が、べったりと真っ黒に、戦争に塗りつぶされていく。
前作で、私はりんさんもすみちゃんもきっと生きていると考えていました。
しかし、いくつもの片隅にを観た後はそうは思えなかった。きっと、彼女たちは皆死んだ。戦争に殺された。
義理の姉との関係に特化されていたこの世界の片隅に、とは違い、りん、テルらの物語も交えた多層的な物語に生まれ変わりました。
それがややこしく、テンポが悪く感じる方もいると思います。一度観て整理できなかったら原作を一読頂ければと思います。
いくつもの痛み、苦味、辛さ。そしてだからこその人の美しさ。
こちらもまた傑作。この世界の片隅にとは別の作品としておすすめします。