「控えめで麗しい大人の恋物語」マチネの終わりに 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
控えめで麗しい大人の恋物語
同じように音楽を主題に何年にも亘る恋愛物語を描いた映画に「 COLD WAR あの歌、2つの心」という作品があった。今年の6月に日本公開された映画だから、観た人もいると思う。1950年代を描いたポーランド映画で、互いに恋人ができ、結婚して子供ができても、それでもなお互いを愛し続けるという、究極の男女の愛の形を浮かび上がらせていて、大変に感動した。登場人物が二人しかいないような、そんな映画だった。
対して本作品は21世紀の日本の大人の恋の物語。ポーランド映画の傍若無人な主人公たちと違って周囲に気を遣うこちらの二人は、存在も控えめなので脇役の活躍が結構目立つ。特にトリックスターとして物語を歪めてしまう桜井ユキ演じる三谷早苗が大きな役割を果たす。おかげで愛の成就がスムーズにいかない主人公だが、ふたりとも恐ろしく寛容で理性的で、誰のせいにもせず、誰も責めない。叫ぶことも暴れたりすることもなく、担々と物語が進んでいく。
福山雅治演じる蒔野が石田ゆり子の小峰洋子に対して一度だけ言う非常識な台詞「あなたが死んだら僕も死ぬ」が本作品の肝になっている。一体どれだけの女性が、男性からこんな台詞を言われているだろうか。それもチャラチャラした若い男ではなく、分別のある40代の男からである。心を動かされない女性はいないだろう。このときの石田ゆり子の表情は、大人の女性らしく非常に複雑だ。平静な大人の食事のシーンで波乱万丈な会話が繰り広げられているところが素晴らしい。
クラシックギターを引くシーンは流石にギターの上手い福山雅治らしく実に堂々としている。とりわけ最後の演奏で弾く「幸福の硬貨」は感動的だ。大人の恋物語は控えめで静かで麗しい。観終わってホッとして、優しい気持ちになれる佳作である。