「ギルベルトについて」劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン すさんの映画レビュー(感想・評価)
ギルベルトについて
本当に綺麗な物語でした。
TVアニメ版での50年間に渡って残された娘(アン)に手紙を届けるお話があったが、その娘の孫がドールの存在や歴史を追っていくストーリーから始まって、どうなるんだろう、そう絡めてくるかというのが見終わった感想。
劇中、ヴァイオレットが関わってきた人々の様々な伏線がラストにつながっていくので感心させられるそんな映画。
アンの孫デイジーが歴史を追っていくことで見えてくるヴァイオレットの消息。
いろんな話が絡み、最後には「CH郵便社を辞めた後が不明っていうあの記事はそういうことだったのか!」とつながり、ラストでため息が出る。
ーギルベルトについてー
ヴァイオレットが生きていること、ドールとして活躍していることを知っても会いに行こうとはしなかったギルベルトの気持ちは非常に理解できる。
実際、海の感謝祭の賛歌を書いたのがヴァイオレットだったと離島に届くまで、
ギルベルトはヴァイオレットの消息を知らなかったと思うし、
彼女を大切に想っていた・愛していたとしても今懸命に生きて仕事を頑張っているヴァイオレットに
両腕を失わせてまで戦わせた自分が会っていい立場ではない、合わせる顔がないと感じてしまうのはもっともだと思う。
本当は会って詫びを言わなければいけないと感じているはずだけど、
美しい少女の人生を自分のせいで台無しにしてしまった、自分はなんと言えばいいか分からない。
突然自分に会いに来たホッジンズにも「ギルベルトはあの時死んだんだ」と言ったのはどうしたらいいか分からなくなってしまった、今がお互い別々の日常があるならそれが幸せなんだと思っていたと思う。
そういう感覚だろう。
…………しかし、父親や母親、兄など大切な家族がいて、連絡もせず会いに行かないのは何故なのかを考えると、
心優しい少年だったギルベルトが、戦争というどうしようもなく逼迫した極限の環境の中でたくさんの人を殺し、徐々にギルベルト自身もかなり性格が変わってしまったんだろうと思う。
戦争とはきっとそういうものだ。
その上でのこの劇場版の現在。
アニメ版でもそうだが、この作品は常にヴァイオレットの視点で描かれていて、ギルベルト視点というものが無かった。
それが今回初めて、ギルベルトの本来の性格やこれまでの少年時代からの気持ちがわかる描写がたくさんあった。
それが少年時代に父と兄と見たブーゲンビリア家の花と軍隊の訓練のシーン。
軍属の厳しい家系の中で反発ばかりしていた兄と、その兄や厳しい父親の為に弟が軍人になり活躍すると決めた過去。
自己犠牲の精神を持った心優しい少年だからこそ、たくさんの人を殺して戦果を挙げ、兄や父親の評価を上げる。
そうしてきた自分が「あの戦争で死ぬ」なら、自分勝手かもしれないが人殺しをしてきた過去とも決別できる。
だから、離島でも偽名を名乗っている。
だから、「あの戦争でギルベルトは死んだ」としたかった。
自分は死んだから、ヴァイオレットにもそう思っていて欲しかった。
心優しい少年は、もう精神的にも肉体的にもボロボロだったんだろう。
ドア越しに拒否感を語るギルベルトに会って、ヴァイオレットは悲しみのあまりその場から逃げ出し雨の中走って転んで、あんなに美しい出で立ちが泥だらけになってしまって…ギルベルトとヴァイオレットの心情をよく表したシーンだった。
そんなギルベルトへの想いを手紙にしたためたヴァイオレットが健気でとても可哀想。(あんなに大事に想っていた美しいヴァイオレットが会いたいって言ってるんだから会ってやれよとは思うが)
ラストはもう王道中の王道という展開ですが、船に向かって崖を走るギルベルトに、船の甲板を走って海に飛び込むヴァイオレット
長年想い続けてきたギルベルトを前にして声にならず泣き出してしまうヴァイオレット
少女に戻った様に泣きじゃくるヴァイオレットが本当に可愛い、可愛くて可愛くて仕方ない。
両腕を義手にしてドールの仕事で成功した「今を生きるヴァイオレット」と、「右目右腕を失って傷ついたままのギルベルト」が、今と過去を生きる2人の対比であるし、
ヴァイオレットの胸にはギルベルトの失った右目と同じ色のブローチが光る。
2人で1つの構図でもある。
あんなに美しくて健気なヴァイオレットが自分のことを心から愛しているのに「俺はダメなやつなんだ、それでもいいのか?」なんてこの状況で聞くギルベルト、もう、あのさ、んなこと聞くなよアホかってなったけど
本当に良かったねぇ、本当に良かった良かった!この2人は絶対こうでなくちゃダメなんだと思える映画でした。