「本作を侮っていた過去の自分のところに、回転ドアで戻ってぶん殴りたくなる傑作。」劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
本作を侮っていた過去の自分のところに、回転ドアで戻ってぶん殴りたくなる傑作。
非常に評価の高いアニメシリーズを未見の状態で、しかも本作の題名をつい数日前に知った、という程度の知識で鑑賞。そのため作画や世界観について掘り下げて考察することはもとより不可能なので、ここで書くことは、初めて本作に触れた観客としての感想となります。
もちろん昨年のあの事件のことは知っていて、当時非常に胸を痛め、ささやかながら寄付もさせてもらいました。しかし本作が、事件によって大きな影響を受けていたことは、舞台挨拶の報道で初めて知った、という程度の認識しかありませんでした。そのため鑑賞の動機も、本作に興味を持って、というよりも、京都アニメーションの応援つもり、だったのですが、冒頭から映像の美しさに圧倒されてしまいました。物語には派手な見せ場があるわけでもなく、むしろヴァイオレットを中心とした群像劇が淡々と展開するのですが、過去と現在を往来する物語の語り口が非常に巧みで、全く世界観を理解していなくても十分に入り込めました。
映像を光学的に検討してみると、ハイライトをやや強調して人物や事物の質感を強調すると共に、それが「美麗な映像」の具現化にまっすぐ向かった方向性を持っているところに、本作の描写的特徴があるように感じました。微妙にフレアがかかったような効果が、さらにこの質感を際立たせています。美麗なアニメーション映像という観点では、『君の名は』(2016)や『天気の子』(2019)の新海誠監督も連想するのですが、新海監督の非常に緻密な描写で「フォトリアリズム」的な方向性とは、ある意味対照的な特徴である点が非常に興味深いところです。新海監督自身も、京都アニメーションの描写を非常に意識していて、自身の映像に反映させているとインタビューで答えていました。こうした作り手達の相互作用が現在のアニメ界を作り上げていることを、作品を通じて改めて実感しました。
アニメシリーズ未見の観客が物語を理解できるかというと、確かに「自動手記人形(ドール)」がどういった存在なのか、鑑賞中は細かなところまでは理解しきれなかったんですが、作品は時間的基軸を「ドール」となったヴァイオレットに置いているので、物語を理解する上で大きな問題ではありませんでした。むしろ前述のように、説明を極力省いてそれぞれの人物像を掘り下げて巧みに描写しているため、この上映時間でよくここまでドラマと人物描写を融合させることができたな、と感嘆させられました。もちろん、アニメシリーズ、そして劇場公開された前作を鑑賞していればさらに深く世界観や人物像を理解できるはずなので、むしろこれから後追いで鑑賞するのが楽しみです。
作中にもパンフレットにも、昨年の事件を窺わせるような記述、描写は含まれていないのですが、本作を振り返った時に劇中が描く「死」、「記憶」、「伝言」という主題に触れると、どうしても事件を連想せざるを得ませんでした。そして結末に至る過程、最後のシーンに映し出される「ある物」を描くスタッフがどのような気持ちでいたのか。それを思うと、物語自体が素晴らしいものであるのは当然なのですが、どうしてもそれ以上の意味を感じ取ってしまいます。事件とコロナ渦という苦難に挫けることなく、本作を完成させた京都アニメーションのスタッフをはじめとした制作者全ての方に感謝と敬意を表したいです。
本作は『テネット』と並んで、「今、映画館で観るべき作品」の一つであることは間違いないでしょう。それなのに「どうせラノベ原作の美少女アニメだろ」と侮っていた昨日までの自分のところに、回転ドアで戻ってぶん殴ってやりたい気持ちです。ほんとすみませんでした。
パンフレットは少々お値段高めで、作品世界やアートワークの解説よりもインタビュー中心の構成なのですが、それだけにキャストやスタッフの本作に対する思いが非常に伝わってくる内容です。現在品薄のようなので、同じく品切れが続いているグッズ同様、入荷していれば即買いでしょう!