「時代劇を借りて塚本監督が描く現代の日本:長文」斬、 みけたまさんの映画レビュー(感想・評価)
時代劇を借りて塚本監督が描く現代の日本:長文
自分が最も好きな監督としている塚本晋也最新作ということで、期待に胸躍らせ封切り初日に渋谷ユーロスペースにて鑑賞。
のっけから轟音と共に展開する、刀が打ち叩かれる過程からのタイトル、塚本らしい手ブレ全開の殺陣へとテンポ良く場面が連なる。
…が、終始緊張感がありながらも描写・台詞にはかなり淡白(ともすれば説明くさい・生きた人間の言葉っぽくない)な印象を上映中常に持ってしまっていた。
中村達也演じる瀬左衛門との対決は凄惨な映像含め手に汗握ったが、十八番の手ブレ撮影ではなく腰を据えたカメラで見たかった…
と、考えているうちに最終対決が終わり、映画は終わってしまった。
観客に解釈を委ねるラストとというものは勿論好きだが、これは投げっぱなし過ぎないか?せめて杢之進に何かしらの結末を与えて考えさせてくれた方が…
などと思考を巡らせながら帰路に着いた。
散々考えた挙句、方々で監督が言っていた"これは現代の話"、"反戦"といったキーワードを手繰り寄せ、下記のような解釈に自分は落ち着いた。少し大袈裟で、故に陳腐な解釈になりそうだが、あくまで個人の感想である。
杢之進は"日本"である。
常に木刀で実戦を積まない練習をする、現代の自衛隊だ("実戦を積まない"はマスターベーションも同義)。
そんなとき、剣豪・澤村から戦の誘いを受ける。
そう、強国・アメリカから一緒に戦争をしようと誘われるのだ。
ゆうは"日本国民"。常に過剰なまでに戦争反対を掲げている。
しかしどうだ、自分の家族が殺された途端、あそこまで反戦一辺倒だった者が"仇を取るため人を殺せ"と言い出す。
杢之進は関係ない、澤村が引き起こした戦争なのに、だ。
これが現代の"日本"なのだ。
杢之進・澤村が無頼者討伐に乗り出したとき、澤村は刀を抜き、言う。"お前の実力を見せてみろ"。
集団的自衛権の発動である。
自身が傷つき、ゆうを目の前で犯されても杢之進は叫ぶだけで刀を使う素振りはない。
戦いに参加できない。
見兼ねた澤村が変わりに敵を討つ。
"一度人を斬れば変わる"
その言葉通り杢之進は初めて人を斬る。
日本が今一度戦争に参加すれば一体どうなるのか。
どこに出口があるとも知れない暗い森の中、唯一光を放つ刀さえ消えた瞬間に物語は終わる。
エンドロール後、誰のものかもわからない足音が観客の耳に木霊する。
そう、戦争の足音はすぐそこまで聞こえている。