斬、 : インタビュー
池松壮亮&蒼井優“塚本晋也監督は真のインディペンデント作家”
塚本晋也監督が初めて挑んだ時代劇「斬、」に出演した池松壮亮と蒼井優。ともに初の塚本組の参加となった。「斬、」は、人間にとって刀とは何か? を問う塚本監督らしい時代劇。シンプルに削ぎ落としたストーリー、スピード感ある演出、ふんだんに盛り込まれた殺陣が80分に凝縮されている。実力派俳優の2人が見た、体験した塚本組とは?(取材・文/平辻哲也、撮影/根田拓也)
開国論争で揺れる江戸時代末期、江戸近郊の農村に身を寄せ、農家の少年に剣術を指導する若き浪人・杢之進(池松)が主人公。そこに剣豪・澤村(塚本晋也)が現れ、「京都の動乱に参戦しないか」と声をかける。やがて、流れ着いてきた無頼者(中村達也)たちが村にやって来て……。代表作「鉄男」や「バレット・バレエ」などで人間と武器の関係を描いた塚本監督は、人間と刀を題材にシンプルで力強い新しい時代劇を生み出し、第75回ベネチア国際映画祭コンペティション部門に出品された。
“池松主演で時代劇を”という塚本監督のたって希望を受け、出演を決めた池松がこう語る。「塚本さんは映画が好きになり始めた90年代、先頭に立っていた方。お会いしてはいなかったけれども、勝手に映画を教えてもらっているような気分でした。願って作品に出られるような人ではないと思っていたので、(オファーは)ちょっと想像していませんでしたね。嘘かと思ったくらい驚きました」。本格的な殺陣は初挑戦。撮影の1カ月前から稽古に臨んだ。「ワンシーンはありましたが、こんなに多いのは初めて。アクションではない殺陣は初めてだったので、面白かったです」と語る。
蒼井の役どころは杢之進が身を寄せる農家の隣人の娘ゆう。杢之進にひそかに思いを寄せ、京都へ旅立とうとする杢之進や弟のことを心配する。幼少期からバレエを習っていた蒼井は中学3年生の時、日本映画を好きになるきっかけをもらったのが塚本監督作品という。「家が変わっているのかな? 家族ではクラシックコンサートとバレエしか見せてもらえなくて、それが自分の中ではエンタテインメントだと思っていました。レンタルビデオ屋さんで自分のお金で借りて、初めて『ドラえもん』やジブリ作品以外の邦画を見たんです。当時は洋画ばかり見ていたんですが、岩井俊二監督の『PiCNiC』、阪本順治監督の『顔』、塚本晋也監督の『双生児』の3本を見て、もっと日本映画のことを知りたいと思いました」と話す。
撮影は2017年8月31日から9月21日まで、山形・庄内映画村や羽黒山で。塚本組は少数精鋭。塚本監督がカメラを回し、俳優も務めるというスタイルで進んでいった。ちょうど北朝鮮がミサイルを日本海に発射した時期で、撮影中、警報を2度聞くことになったという。
池松は「いい時間でした。PFFのディレクターの荒木啓子さんから『塚本さんは真のインディペンデント作家』とうかがったことがあったんですが、その時は、意味がいまいち分からなかったんです。今回、3週間ご一緒して、まさに真のインディペンデント作家だと思いました。塚本さんの人生、発言からモノづくりまで。そこにセクションはなく、みんなで映画作りのことを考える。モノを作る重みを感じざるを得なかった。僕は『映画は遊び、時に仕事』と信じてやってきたんですけども、今まで以上に高尚な“遊び”をさせてもらった感覚でした」と話す。
日本大学芸術学部映画学科出身の池松。学生時代は監督が出演、撮影を兼ねるような現場を見てきたが、商業映画では、監督自身がカメラを構える現場は初めて。塚本監督は遠いモニター前ではなく、自分が芝居する目の前にいる。「蒼井さんと向き合って演技をしていても、(撮影する)塚本さんが集中しているのが伝わってくるんです。何か撮ろうとする瞬間、スイッチが入るのが分かるんですよ」
一方、蒼井は「撮影中、ずっとわくわくしていた」と語る。「みんなで一緒に映画を作っている感じの先頭に塚本さんが立っているんです。求められていることはとても高度で、できないと思いながら、やれる喜びがありました。本当に難しかったのですが、それによって追い詰められるわけでもない。おっしゃっているところに到達できていないんじゃないか、ということが苦しみにならないんです」
具体的な演出術を聞くと、「擬音が多いです(笑)」と蒼井。池松は「達人みたいな方です。まっすぐ地に立っていて、それでいてひょうひょうとしている。虫取りの少年みたいな感じなんですよ。僕や蒼井さんを撮りながら、BGMを流したりするんです」と明かす。塚本は主人公の腕を見込んで、京都の動乱への参戦を誘う剣の達人も演じているが、本作では俳優よりも監督としての顔が印象深いという。「とはいえ、俳優をやっているときも惚れ惚れする瞬間がありました」と話す。
互いの演技はどう見ていたのか? 池松は「蒼井さんが弟に向かって、『ご飯片付けるよ』という最初のセリフで、作品のトーンが決まりましたね。それが時代劇である違和感とそれを飛び越えていく蒼井さんの演技が素晴らしかった。それがファーストカットだったんですが、僕は遠くから見て、しびれてしまった。そういう瞬間が常々ありました」。蒼井は「今までも素敵な俳優さん、面白いなと思って見ていましたが、今回はベストアクトだと思います。もちろん、一緒に作ったというひいき目もあるかもしれないけれども、それを差し引いても、しびれましたね。特に、性欲に負けたところ、好きだったな」と話す。蒼井が指摘する場面は、腕利きの剣術とは違った弱さ、人間らしさを象徴するものになっている。
池松には、蒼井の現場での振る舞いが面白く見えたとか。「ものすごく切迫したシーンの前に、スタッフと談笑したり、虫退治とかしているんです。むしろ、そっちに集中している。時代劇の格好をして、圧倒的な自然に囲まれて、隣で蒼井さんは虫を退治しているのが、なんか面白いんですよね」というと、蒼井も「ブヨとか、アブとかいっぱい飛んでいたよね」と激しく同意。夏の終わり、自然いっぱいのロケ地だっただけに、虫には相当悩まされたようだ。
蒼井は洞窟での撮影でホウキを持って、たまった水を掃いていたことも。「この現場は自分でなにかやらなくちゃいけないということがありました。虫退治もそのひとつ。ホウキで水を掃いていたのは、その前に少し心を乱すような出来事があったんです。洞窟は足場が悪く、みんなが通りづらいと思ったので、その怒りのパワーを人の役に立ててやろうと思ったんですね(笑)」(蒼井)。
池松は、「斬、」の魅力について、「これまでも肉体、鉄と人間の関係を描いていますが、今回は時代を遡って、鉄を作り上げた人間というテーマでやってきたのがすごく面白い。塚本さんは時代感覚を持って、映画を作ってきた人で、使命感や正義感があって、撮らなければいけないものを発表しているような気がしています。いいタイミングでお会いできたと思います」と振り返った。