「血筋が継承するもの」ヘレディタリー 継承 f(unction)さんの映画レビュー(感想・評価)
血筋が継承するもの
この映画の面白さは,物語の全体像を自分自身で再構成しながら説明しようとするさいに感じられるものだと思う。「ホラー映画だから」というジャンル分けの先入観があると,どのくらい怖いかで評価しようとしてしまう。「説明が少ない」「謎が明かされない」という不満に思う人は,「明かされない謎の答えについて仮説を立て,矛盾なく説明する」ことを趣味にはできないかもしれない。
【あらすじの再構成】
地獄の8王の1人,悪魔ペイモンは,人間の体を宿主とすることで生きながらえていた。宿主は男性でなければならず,父親から息子へと,ペイモンは継承されていく。
※ペイモンは"実際に存在する"悪魔であり,Wikipediaによれば劇中に登場する印(シジル)も実在する。
ペイモンは人間に知識を授ける悪魔であり,この悪魔を崇拝するカルト集団が存在した。このカルト集団は,父から息子へとペイモンが継承されていくのを見守ることを使命にしていた。ペイモンを宿した男が結婚し,息子を作るように促すのも役目だった。
主人公の母リーは,ペイモンが宿る男の妻(王妃)だった。結婚する前から悪魔ペイモンを信奉していたのかどうかはわからないが,リーもまたカルト教団の一員であり,ペイモンが父から息子へと継承されるように願っていた。
しかし夫の死後,リーの息子は早逝し,一族から男性がいなくなってしまう。そこでリーは娘である主人公に生まれた息子ピーターに目をつけるが.娘はリーを信用しておらず,リーからピーターを遠ざけた。
だが主人公に生まれた娘チャーリーは障害を持っており,主人公は心のどこかでチャーリーを疎んでいた。そこで主人公は,孫に会わせろとせがむリーに,娘チャーリーの世話をさせる。こうしてチャーリーが,悪魔ペイモンの仮の宿主となった(チャーリーが宿主となるまでの間,ペイモンがどこにいたのかは不明である)
しかし,ペイモンの正当な宿主は男性でなければならない。そしてピーターこそ、リーの夫の血を受け継ぐ唯一の男性である。したがってカルト集団は,あくまでピーターに悪魔ペイモンを宿らせようと画策する。
ピーターに悪魔を宿らせる儀式は,どうやらリーの死をきっかけに発動するものであったらしい。
リーが死ぬと,主人公がリーを掘り出して首を落とし,家族が住む家の屋根裏に遺体を放置することで、一家は儀式の影響下に置かれた。
だが主人公は,悪魔ペイモンのことなど知らないし,自分の父がその宿主であったことも知らされていなかった。それにもかかわらず主人公が夢遊病状態で儀式の遂行に関与したということは,主人公のDNAに「悪魔ペイモンの継承」という役割が刻まれていた,ということになる。この点において,主人公は2つの人格によって引き裂かれている。1つの人格が1人の人間,1人の母親として息子と娘を愛する一方で,もう1つの人格は,遺伝を有する生物として冷酷にペイモンの継承を執行するのである。
ピーターへの悪魔ペイモンの継承は,仮宿主のチャーリーの死を要求した。だがその死は,人間によって仕組まれたものではない。チャーリーが障害を持って生まれたのは偶然。そのチャーリーを主人公が疎むのも偶然。ピーターが大麻にはまっているのも偶然。そのピーターがあの晩パーティに誘われたのも偶然。パーティへ行くピーターに,チャーリーの世話を主人公が押し付けたのも偶然。ピーターが大麻のためチャーリーから目を離したのも偶然。パーティの場で,チャーリーのアレルギー源である胡桃の入ったケーキが出されたのも偶然。そのケーキをチャーリーが食べたのも偶然。
かくしてチャーリーは呼吸困難に陥り,ピーターの車で搬送される。そして走行中の車から顔を出す。そして車は,道路の真ん中にたまたま転がっていた動物の轢死体を避け,たまたまそこにあった電柱にチャーリーは首をもがれる。
その電柱に刻まれていたのは,悪魔ペイモンのあの印(シジル)だった。この偶然は,ただの偶然なのか,それとも人智を超えた悪魔によって操作されたものだったのか。※人間の制御をはなれた偶然の連鎖が、結局人間(的なもの)の意図したかのような結果を生む(=我々が運命と呼ぶもの)という点において、本作はギリシャをはじめとする、古代神話を彷彿とさせる。
カルト集団は,娘チャーリーの死を悲しむ主人公に忍び寄る。そして降霊術によりチャーリーの霊を呼び出すと嘘をつく。気づかぬうちに,主人公はピーターの肉体にペイモンを宿らせる儀式をしてしまうのだ。こうしてピーターの精神は肉体から追い出され,ついに悪魔ペイモンが男性の肉体を得るのである。
(チャーリーが舌を鳴らす癖が,悪魔ペイモンが乗り移ったピーター(だったもの)にも移る。このことはチャーリーだと思われていたものが最初からペイモンだったということを意味するようにも思える。しかしカルト教団の1人が,悪魔の乗り移ったピーターのことをチャーリーとも呼ぶ。なのでピーターの肉体にチャーリーの魂が乗り移ったとも考えられる。チャーリーの魂と,ペイモンの魂は,全く別々のものではないのだろうか?)
・父親の死は,必要だったのか。ノートを燃やした時誰の体が燃えるかは,どのようなルールにしたがって決まるのか
・儀式のためには,一族の女性の首が体から落とされなければならなかったようだ
作中ではっきりしない部分に関しては、安易に決めつけたりせず、考える余地を残してくださっているところも、f(unction)さんの解説は信頼できるなと思いました。
とても参考になるレビューでした。ありがとうございます!
アリ・アスター監督はまだ30歳(!)という若さなので、これからもどんどん新作映画を作り続けてほしいですね。
「継承」のルールの存在が示されつつも、劇中でなにもかも説明しきってはいないので、前日譚などを製作しシリーズ化もできると思います。商業的な汎用性もある映画だなあと思いました。
f(unction)さん、はじめまして。
素晴らしい解説をありがとうございます!
こうして整理して見ると、本作が、オカルト的な要素を含むホラーでありながら、
厳格な規則(ルール)に基づいて構築されているということがよく分かります。
ホラー映画として実にエレガントで美しいですね。