「どうしてだろう?欠点もあるのに、愛さずにいられない。」ボヘミアン・ラプソディ 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
どうしてだろう?欠点もあるのに、愛さずにいられない。
説明など必要ない。クイーンのフレディ・マーキュリーを描いた伝記映画だ。彼の人生を思えば、確かにいつ映画になってもおかしくはなかった。しかしこの映画が描いた彼の人生は、いわゆる「伝記映画」の筋書きを借用したものにすぎず、皮肉めいた言い方をすると、まるでWikipediaの略歴を読んでいるかのような感覚とも言えて、物足りないと言えばそうである。
この映画でしか表現できなかったフレディ・マーキュリーの姿があるわけではないし、この映画を通してしか見つめることのできなかった着眼点など、独自性があるというわけではない。だから映画を見ていても結局一番心動かされるのはクイーンの名曲が流れ出した瞬間だし、それらをレコーディングしている様子をトリビア的に描写しているに過ぎない、という見方も十分にできてしまう。本来、主人公の略歴をなぞっただけの伝記映画など、極めて凡庸で退屈なはずだ。
それでもなぜだろう?欠点もあるのだけれど、見終わった後でやっぱりこの映画を好きだと思わずにいられないこの感情は?
実際のところ、彼ほどの著名かつ伝説的な人物の伝記映画を撮るなら、いっそこの映画のようであってほしいと思うのかもしれない。それこそWikipediaの略歴を読むがごとく、世間一般大衆がおおよそ知りたいであろう部分を掬い取り、順序だてて記していく。あの名曲はこのようにして生まれた。この名曲はこうしてレコーディングされた・・・。本来ドラマとしてはそれでは物足りないはずなのだけれど、あまりにも著名で語る要素の多い人物であればあるほど、逆にこの映画のようなスタイルの方が観易いということがあるのかもしれない、などとふと思った。今更フレディ・マーキュリーの印象を変えてくれる必要はない。あえて知る必要のないことまで知らせてくれなくてよい。「世界仰天ニュース」や「アンビリーバボー」のように、極めて簡潔かつ観ている者の気持ちいいところを的確に刺激してくれる再現フィルムがちょうど良かったのかもしれない。
エクスキュースを挟みながらも、この作品をどうしても愛さずにいられないものにしたのは、そしてやはりすべてを埋め尽くしてしまうクイーンの素晴らしい楽曲とフレディ・マーキュリーの名唱の数々ではないだろうか。否応なしに心を揺さぶる歌声。彼の歌声を改めて耳にする度になんだか涙が出そうになる。そして主演ラミ・マレックの熱演。ものまねとは違う。憑依とも違う。もはや彼がフレディ・マーキュリーであることを全く疑わなくなるほどの名演。フレディ・マーキュリーの名唱の前にして、決して翳むことのないパフォーマンス。これがもしラミ・マレックの主演でなかったならと思うと少し恐ろしくなる。そんな危険度の高い役柄をこれ以上ないパフォーマンスで表現してくれたことに、天晴れというか安堵というか感謝と言うか・・・。彼の演技だけでも、この映画は十分見る価値ありだと思えるほど。ラミ・マレックなしでこの映画はなかったと思える仕上がりに大感動させられた。
批評家は辛口の評価を下したが、一方で観客が熱烈にこの映画を愛しているというのは、この映画を語るとても象徴的な現象だと感じたし、その現象が却ってこの映画とフレディ・マーキュリーをまた新たな伝説にしているような感覚にさえなった。私はこの映画を、何のてらいもなく好きだと素直に思った。