「これはこれで素晴らしいけれど、商業的な仕上がりが優先された」ボヘミアン・ラプソディ Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
これはこれで素晴らしいけれど、商業的な仕上がりが優先された
オープニングからいきなりアガる!サーチライトとともに流れる「20世紀フォックス・ファンファーレ」が、ブライアン・メイとロジャー・テイラーによる、Queenバージョンで始まるのである。
楽曲とライヴパフォーマンスの両面で突き抜けた人気を誇り、ロック史に名を残した20世紀最強バンドのひとつ、Queen(クイーン)。そのリードボーカルで、AIDS発症による肺炎で45歳で亡くなったフレディ・マーキュリーの半生を描いている。
リアルタイムでQueenを愛するファンには、よく知った事実が並んだ内容なのに、なんともフレディに捧げた感動的な"愛の讃歌"である。
もちろんバンドの活動停止後も、日本ではその代表曲の数々がCMやドラマ主題歌などで親しまれ続けてきただけに、Queenを新たに知るファンにも強烈に響くことだろう。手放しで万人受けする今年最高・最強の音楽映画に仕上がっている。
これは単なる伝記映画というより、Queenの新作ベストアルバムでもある。ブライアンとロジャーが音楽総指揮としてクレジットされており、劇中のライブシーンで使われている音源が、すべて"実際のライブ音源"を使っている。
なかでも圧巻なのは、クライマックス約20分間の「ライブ・エイド」の演奏シーン。ウェンブリー・スタジアムで行われた伝説のライブは、音源はそのままだが、なんと映像は実際にセットを組んで再現されたという。
個人的には当時「ライブ・エイド」の中継映像を見た世代だが、もちろん、こんなにクリアではないし、デジタル技術による映像マジックに驚嘆する。ドローンによる空撮を含め、IMAX級の大スクリーンで体感する価値がある。
またオリジナルサウンドトラックには、これらのライブ音源がアルバム初収録され、来年3月にはアナログ盤も発売される。
こだわりはこれだけでない。完全な演奏再現のために一部の楽曲は、フレディの生まれ変わり!とまで言われた激似ボーカルのマーク・マーテルが補完再録している。マークは単なるモノマネ芸人ではない。ロジャー・テイラーがプロデュースした、トリビュート・バンド、"クイーン・エクストラヴァガンザ"(Queen Extravaganza)を結成し、ライブツアーも行ったほどで、2代目ボーカルと言ってもいい実力だ。気になる人は、Youtubeで検索するといい。
つまり役者は口パクなのだが、まったくそうは感じさせない。近年のハリウッド伝記映画と同様、どこまでも本物そっくり。フレディ・マーキュリー役のラミ・マレックのパフォーマンスは圧巻である(部分的にはラミ・マレック本人も歌っている)。また、ブライアン・メイ(ベン・ハーディ)とロジャー・テイラー(グウィリム・リー)が似すぎ。
もうひとつの見どころは、名曲の数々が誕生する瞬間である。「Bohemian Rhapsody」が24トラックのマルチトラックレコーダーで途方もない回数のダビングを重ねて生まれた様子や、ブライアンが観客とのシンクロを意図した「We Will Rock You」、ジョンの「地獄へ道づれ」のベースリフなどが生まれるエピソードもある。
さて、本作のサブテーマは言うまでもなく、"バイセクシュアル(bisexual)"である。バンド名はそういう意味で付けられたわけではないが、実は"Queen = ゲイの隠語"だったりする。
フレディの死まで描くかどうかについては議論されたうえ、端折られている。あくまでも商業的な仕上がりが優先されたという印象だ。
恋人のジム・ハットンがやはりAIDS発症で亡くなっているが、おそらくフレディからHiV感染したことを、フレディが亡くなるまで口外しなかったことなど、描いてもよかったエピソードも省略されてしまった。
フレディはAIDS発症を「ライブ・エイド」(1985年)前に知ったように描かれているが、これまで知られていた時系列(1987年頃とジム・ハットンが証言)と異なる。映画的な表現なのか、未知の新事実なのか、気になるところ。
また本作を監督したのが、「X-MEN」シリーズのブライアン・シンガーというのも偶然ではあるまい(撮影途中で降板したが)。ブライアン・シンガー監督はバイセクシャルであることを公言しており、「X-MEN」シリーズは"他人と違うことで差別される、痛みや悲しみ"を描くことで、LGBTQ問題を隠喩している。途中降板してしまったブライアンがどれくらい作品表現に関与していたのかは興味が尽きない。
(2018/11/10/TOHOシネマズ日比谷/IMAX[シネスコ]/字幕:風間綾平/字幕監修:増田勇一)