「史実を使った、悲恋の様式美で、観客の涙腺を緩める。」ソローキンの見た桜 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
史実を使った、悲恋の様式美で、観客の涙腺を緩める。
いまから約100年前の日本。日露戦争(1904-1905)さなか、"愛媛県松山市にロシア人捕虜収容所があった"という、あまり知られていない史実を軸にして、日本人の女性看護師とロシア人将校の美しく悲しい歴史ロマンス。
身分や国籍の違い、または社会的所属グループの垣根を超えたロマンスは、本作のコピーにもあるように、さながら、"ロミオとジュリエット"構造の映画となっている。
元はラジオドラマを原作とする創作なのだが、史実のウラに隠された悲恋という、典型的な様式美を使っているという意味では、「タイタニック」(1997)が代表格だ。なので、あとはアレンジ展開で観客の涙腺を緩めるだけ。
本作も現代の松山市から物語は始まる。駆け出しのテレビディレクターである桜子は、捕虜ロシア兵墓地を取材することをきっかけに、自身のルーツである歴史的な事実を知ることになる。
明治維新から38年しか経っていない日本は、欧米の大国に追い付くため必死で、"ハーグ陸戦条約"の批准に向けた取り組みの中で、戦争捕虜の扱いについてもそれを遵守していた。
松山市の寺を利用した捕虜収容所では、ロシア兵捕虜にアルコールの購入や、外出許可などが認められていた。
兄弟をロシア戦で亡くし、ロシア兵を憎みながらも、看護師のゆいは博愛思想のもと、懸命に収容所での仕事に打ち込んでいた。そんななか、ゆいとソローキンは惹かれあい、やがて運命的な恋に落ちていく。
しかしソローキンには密命があり、ロシア革命に参加するため、計画的に収容所を脱走することになっていた。
ソローキンは、ゆいを一緒にロシアに連れて帰ろうとするが、ゆいには家業のために親の決めた婚約者と結婚しなければならなかった。
そして悲恋の行方は、現代の桜子が解き明かすことになる。
阿部純子が、ヒロインのゆいと桜子の2役を演じ、日ロ共同制作で、ロシア人キャストともに、100年の時を越えた運命のつながりをドラマティックに描いている。
エンディングで、松山からロシアを訪れた桜子が、初めて出会うロシア人捕虜の子孫の子供たちとシーンが感動的だ。桜子をテレビディレクターという報道に携わる職業に設定したことで、フィクションなのにリアリティを引き出している。
イッセー尾形が捕虜収容所の所長役としてキーマンとなるほか、"仕事を断らない"(笑)、斎藤工がこれにも出ている。
(2019/3/26/角川シネマ有楽町/ビスタ)