「新たに名前を覚えなければいけない監督」夜明け つとみさんの映画レビュー(感想・評価)
新たに名前を覚えなければいけない監督
是枝裕和の愛弟子うんたらかんたらとか言う煽り必要か?と思うほどの素晴らしい脚本でした。
終始、「ああ」とか「おお」とか声が漏れてしまうほど感心するシーンの連続で、終盤は涙ぐみながら観ていた。
観る前の期待以上だったし、柳楽優弥、小林薫、共に良かった。特に小林薫さんは、今までそんなに良い俳優だと思っていなかったのもあり、感嘆するしかない。
父親の期待に応えられず、それに反発することも出来なかった光。ガスが漏れていることを知っていながら引火すればいいくらいに嫌いだったアルバイト先の店長が、その火事が原因で亡くなった。光はその事で自分を責め自殺を図り、川で倒れていたところを哲朗に助けられるが、ここではその事は語られない。
哲朗の家で名前を聞かれた光はヨシダシンイチと名乗る。ここで哲朗が一瞬固まり、仏壇に目をやる。なんだ?と感じるのだが、やはりここでその理由は語られない。
翌日、木工所のスタッフがヨシダシンイチの名前で固まり、夜の居酒屋では叱られる店員を光は見つめる。やっぱり、なんだ?と思うのだが、理由は語られない。
その場ですぐには語られない、ん?なんだ?と感じる場面がずっと続き、引き込まれる。
伏せられた息子の写真。そのままにされた息子の部屋。哲朗が息子の死に向き合えていない事を表す。
光は哲朗の息子の名がシンイチあることを知り、それまでやる気のなかった木工の仕事に、カンナの刃研ぎを皮切りに打ち込み始める。
光という自分からシンイチになることは自分を無くすという意味で自殺と同じだ。
シンイチの服を着て髪を染め、光はシンイチになろうとした。哲朗の息子になろうとした。
湯タンポは体を温めるものだ。印象的に何度か登場する湯タンポ。哲朗は光のために、光は哲朗のために湯タンポを用意する。
哲朗と光はお互いがお互いを温め合う存在なのだ。
息子を求めた哲朗。自分を認めてくれる父親を求めた光。自分のせいで息子と妻を死なせたと感じている哲朗。自分のせいで店長を死なせたと思っている光。
心の穴を埋めるためにお互いが必要だった。お互いがお互いの湯タンポだった。
そのあと出ていこうとした光に対し、息子シンイチと最後に交わしたであろう場面と同じ状況になる。口論になり殴ってしまう。
去ろうとする光に「お前が必要なんだ」と言う場面は涙を誘う。本当のシンイチに言えなかったであろう言葉を言えたのだ。
光にとってそれは父親に言われたかった言葉でもあった。
そして親子のような関係が完成していく。と、ここまでが前半。
後半に入り、哲朗はシンイチに求めたものを光に強いていく。父親の言いなりで反発できなかった光は本当の父との関係のように陥っていく。
疑似親子になったことで本当の親子との失敗に戻っていってしまう。
光は髪を元に戻し、シンイチから光に戻ることで状況の脱却をはかる。仏壇のシンイチの写真も立てた。シンイチでいることをやめようとしたのだ。
それでも哲朗は光にシンイチを重ねる。
それに対し、今まで出来なかった反発をし光は去っていく。
「待てよシンイチ」と呼び止める哲朗は止まらない光に「光」と叫ぶ。
光は光でありシンイチではないのだと受け入れた瞬間だった。
走り去った光は、足を痛めて靴を脱ぐ。恐らくサイズの合わないシンイチの靴だったのだろう。シンイチから光に戻る巧妙な演出だ。
そして朝の海に出る。タイトルにもなっている「夜明け」だ。
「夜明け」が新しい始まりを意味するならば、作品内で二回出てくる。
一度目は光が倒れていた朝。哲朗と光が疑似親子になっていく始まり。
二度目がエンディング。哲朗と光の心のしこりが解消され、新しい何かの始まり。かもしれない。
踏切の向こう、「シンイチ」ではなく「光」を迎えに来ている哲朗の姿があるように思う。
約二時間でこのボリューム。巧妙で緻密な隙のない脚本。
一から十まで言葉で説明されないと理解出来ない人には面白くないかもしれないが、控えめに言って最高でした。
また一人、名前を覚えなければいけない監督が誕生した瞬間でもある。