「夭折の名匠・山中貞雄監督の世界」引っ越し大名! keithKHさんの映画レビュー(感想・評価)
夭折の名匠・山中貞雄監督の世界
28歳で中国河南省開封の野戦病院にて病死した夭折の天才映画監督・山中貞雄。
サイレントからトーキーに跨る、監督としての実働5年間に24本の時代劇佳作を残しましたが、当時では稀有なユーモアとペーソスが塗されたモダンな作風によって、彼の作品は“髷を付けた現代劇”と称されました。日本映画史上に残る名作『人情紙風船』(1937年)はその典型です。
長生していれば、間違いなく黒澤、小津、溝口に並ぶ巨匠となり、日本映画に更に大きな血脈を構築していたと確信していますが、本作は、私には、その山中貞雄を彷彿させるような、将に“髷を付けた現代劇”にしてユーモアとペーソスに満ちた「時代劇」でした。
天下泰平の江戸時代に、幕府によって政策的に頻繁に行われていた大名の国替えを題材にした映画ですが、差し詰め現代の企業本社や省庁の本省の移転・引っ越しの混乱ドタバタ劇の諷刺であり、組織・個人の意地と面子と、経費節減という冷厳な金科玉条との葛藤をユーモラスに描いています。
特に前半は現代劇風の城内や邸内での対話場面が多く、いきおい時代劇の魅力の一つである引き画像によるパノラミックな空間映像が少なくて寄せの画が多く、現代劇のような人間関係の確執による緊張感を漂わせ、その上、時代劇らしいアクションも観られません。
専ら主役の星野源のコミカルな所作・言動で笑いを誘いつつ、更に空気感を変えるためにミュージカル張りの歌や踊りを折に触れ織り込み、嘗ての東映時代劇の一つの系譜である、美空ひばり主演の歌謡時代劇の如き華やかで絢爛たる画面展開によって和ませてくれます。
星野源の眼つきと眼の色、そして顔つきが明らかに変わってくる後半は、伝統的時代劇のセオリーを辿り、陰謀、強欲、復讐、我執のドラマが次々にテンポよく展開し、その折々に忠義、礼節、義理が緯糸に紡がれ、観衆にややフラストレーションの鬱憤が溜って、それが臨界に達した処で、愈々悪党による討ち入りと集団での大立ち回りとなり、観客は一気にカタルシスの快感に耽ることが出来ます。海辺の松原での外連味に満ちた迫力ある立ち回りは、将にワクワクドキドキのピークとなり、興奮の坩堝状態に陥ります。
ラストの信義を果たす崇高なシーンは落涙ものであり、本作は、映画に求められる三要素「笑って、泣いて、(手に汗)握る」を存分に満足させてくれる作品であり、『超高速!参勤交代』で2014年度日本アカデミー賞脚本賞を受賞し、時代劇の新境地を開いた土橋章宏氏の面目躍如の筋立てといえます。
また、やや軽薄なストーリーと演出にも関らず、決して浅薄な印象がしないのは、時代劇を支える基礎的技術水準の高さに依拠します。室内の設えは鄙びて使い古した質朴な生活感を称える反面、城内は整然と瀟洒に仕立てた美術、切れの良いカットの撮影、微妙な陰翳を現出した照明、如何にも年季の入った熟達の技を感じます。
主に松竹京都撮影所で制作されたこともあって、映画全体を通して京都・太秦の匂いが漂う、時代劇の醍醐味を堪能させてくれる作品です。