「内省的な独白形式をとりながら、自分という「ある女」の内面に迫る」あなたはまだ帰ってこない REXさんの映画レビュー(感想・評価)
内省的な独白形式をとりながら、自分という「ある女」の内面に迫る
苦悩している自分を見るもう一人のマグリット。 帰って欲しいのか。帰って欲しくないのか。思いは千々に乱れる。
電話を受け取りドアを開け、夫の元に駆け寄る。それが夫を待つ妻である自分の取るべき行動のはずなのだが、もう一人の自分はそれを冷ややかに見ている。
疲弊。緊張。怠惰。諦観。
ラスト。緊張感と息苦しさからようやっと解放されるのかと思いきや、安易な喜びに浸らせてはくれない。
マグリットと愛人の関係は夫も公認の仲だが、夫を一番に愛しているのだと思い込んでいた私にとって、この仕打ちたるやどうしてくれよう、という思い。
死産の夢は、過去に起きたことだったのか、それとも夫がまとう収容所の死のイメージからか。愛は去った、ただそれだけが理由なのか。
彼女は愛人の口から「夫が死んだことにしてくれ」と決着をつけてもらいたがった。しかし彼はそれを許さない。マグリットの心を見透かしていたのか。
「夫は収容所で死ななかった」という一文は非常に客観的でマグリットの気持ちは隠されており、狡猾。
待つことで夫への愛は成就したとでもいうのか。勿論彼女は夫を愛していたのだろう。死んで欲しかったわけではない。こうなったのはただの結果であり誰も悪くはない。ただ、夫が「死ななかった」原動力はマグリットへの愛であることを考えると、やはりやりきれない。
情報の少ない戦時下で、生死の分からない家族を待つという普遍的な苦しみを体現しているのは、ユダヤ人の娘を持つ母親のほうであろう。
彼女の姿からは、拉致被害者の家族を嫌でも思い浮かべる。前にも進めず諦めもできず、人生という時が停滞した苦しみを味わい続け、頭の片隅ではもう生きていないかもと思いつつ、「もし生きていたら」「生きていることを信じなければ」という思いが、頭の片隅に存在し続ける。長い人生で心の底から晴れ晴れとした気持ちを味わうことも無く。
マルグリットへの感情移入はつゆとも起きなかったが、ある個人の目を通して、戦争のある日常の重苦しさを体験することは有意義だった。演じるメラニー・ティエリーの匂い立つような色気と知性、演技力は素晴らしい。