「メタファーより大事なことを見逃すな。」バーニング 劇場版 ジャージー夫人さんの映画レビュー(感想・評価)
メタファーより大事なことを見逃すな。
主人公ジョンスも多くの観客も「メタファーを知っているかい?」という台詞に引っ張られ、ベンの謎めいた発言を読み込もうとやっきになって、大事なことを見逃している。
例えば、半裸で踊るヘミが「娼婦みたいだ」と言われた時の表情とか。ヘミが姿を消したのは、ベンが「ビニールハウスを焼くのが趣味」と言った後であり、唯一の理解者だと思っていたジョンスに「娼婦」と言われた後だ。
ジョンスはベンに囚われ過ぎていて、
自分の発言がヘミに与えた影響に気付いていない。
ジョンス視点で進む物語なので、観客の思考もジョンスと同じように、フォークナーで言うところの「意識の流れ」に誘導される。
ジョンスは、全てはベンのせいだと思っている。
ベンのせいだと思わないと、ヘミを失った喪失感に耐えられない。
ベンがビニールハウスを焼く現場を押さえたいのは、裕福な者特有のおおらかさで、自分に劣等感を与え続けるベンを貶め、楽になりたいから。
ベンが犯人かも?ではなく、「ベンが犯人でなければならない」し、目の前から消えてもらわないと、自分を保てない。母の服を燃やした時のように、耐え難い現実を消し去らないと。
人間の脳は、
感情に見合った情報しか収集できない。
浮気を疑う奥さんが、
夫の行動すべてを怪しく感じるように。
ベンの職業はスタイリストで、家にアクセサリーがあったのはそのせいかもしれない。化粧をするのは、メイクアップアーティストだからかもしれない。時計は、ヘミが忘れて行っただけかもしれない。犬や猫は、名前の頭文字で反応している「ボイル」「ボール」「ボンサイ」どれでも反応したかもしれない。
ヘミよりジョンスの創作活動に興味を持ち、
そして、おそらく理解したいと思い、好きだと言われたフォークナーを読むのは、
ベンがジョンスに「好意」を持っているからかもしれない。
しかし多くの観客がジョンスに感情移入し、ビニールハウスを燃やす=殺人。ベンを殺人犯だと思い込んだ。観客の思考をジャックする、なんとも恐ろしい映画だ。
ジョンスは
自分の感情が求める小説を書いた。
そして、観客も。