サスペリアのレビュー・感想・評価
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タイトルにおんぶに抱っこ
オリジナルの顔を背けたくなる陰惨さ、70年代を象徴する混沌とした不安感、ゴブリンが醸し出す現実との剥離を誘発するサウンド、それらには到底適わなかった。
ティルダ・スウィントンの熱演と様相だけが唯一この映画を一定の水準へ引き戻した印象。
ドン・ジョンソンの七光りと思われても仕方がないほど、学芸会恋愛ごっこのフィフティシェイズが身の丈に合ってるダコタは魅力に欠ける。
クロエ・モレッツ?何してんですか、こんなところで。
本篇が長い!!
怖さと美しさ
苛立ち
アルジェント監督のサスペリア鑑賞済みです。
褒めている人が多いのであえて書きます。
まず、この作品はファンアートだなと思いました。
たくさんの偶像がそのまま抜き出されて混ざり合っておらず、単に深読みを促すための簡単な手段に甘んじているように感じられたからです。
劇中のティルダ・スウィントンの容姿、仕草は明らかにピナ・バウシュを模すように演出され、部屋に貼ってあるファスビンダーのポスターや、ファスビンダーと対になるテロ事件。ナチス、ユダヤ、壁、ラカン、どれも自室のコレクション棚から抜き出してきて、そのまま筋に合わせて配置しただけのように僕には思えました。オリジナルのサスペリア自体もそんな偶像の中の一つだろうと思います。どの素材にも重さが感じられないので、結局コレクション棚にすら陳列する気のないものたちを簡単な連想で取り出してきただけのようにも思える。
固有名詞をこねくり回すにしても、名詞の間の繋がりを断ち切る覚悟があればオリジナルとは別の形式として飛躍する可能性が残されていたはずで、そういう路線は突き抜ければ十分に強い作品になりうると思います。
今作はポエジーの不足と思いきりの悪さで、結局は物語ることの中に引きこもってしまっており、映画や観客の枠組み自体を最終的な言い訳にしているように思えました。
作り手の先導役であった崇拝の対象を越えようとする手段の一つが「リメイク」だと思いますが、引きずられる可能性はやっぱり大きいのではないでしょうか。「リメイク」することを決めた先に、なぞることを恐れて必要以上の反発をするのは引きずられて同じ道を辿ってしまうのと同じことだと思います。
古文を現代語訳するような「リメイク」の実際的な必要性。オマージュの類の「リメイク」が持つ、継承ゆえの返答。どちらもこの作品にはなかったです。
あともう一つ、最後に悪者を一瞬で爆死させる善者としての絶対の母が登場しますが、そんな絶対者が現実には存在しないがために、あらゆる紛争や戦争は非難される余地を残しているのであって、こんな風に簡単に処理してしまうのはいかがなものかと思いました。頭を吹き飛ばす前に、彼女ら魔女にも、ダンサーの娘たちに尋ねたように、生死の選択をさせるべきだったのではないでしょうか。
罪に苛まれるおじいちゃんを救ったのもこの母神でしたが、そんな風に希望を人間にとって都合の良い神に託すのはどうなんでしょうか、、。ラストシーンの壁もしかりです。
思ったより
決して二日酔いの時には観ないでください。
もう40年近く前になるでしょうか。
「決してひとりでは観ないでください。」
のキャッチフレーズで「サスペリア」が
大ヒットし、日本でも社会現象となりました。
(ドリフの8時だよ全員集合でも度々ギャグに)
私的には、CMで流れる映像色彩が何かどぎつく
おどろおどろしく、劇場に観にいくことは
ありませんでした。
その後、テレビ放映されたものを観た
記憶がありますが、ストーリーが破綻しており
極彩色の映像と音響でおどろかす感じで
最後の謎ときも唐突で、拒否反応を持ちました。
ただし、ゴブリンによる映画音楽は暗い
ユーロビートのようで、なかなかよかったです。
今回のリメイク版ですが、前作に思い入れはなく
また、事前の批評家の評価が良かったので
いちかばちか、観てみました。
結果は・・・・
映画の始めから、どう理解すればいいのか
迷う場面がえんえんと続き、登場人物も多く、
いずれも似たような名前で誰が誰だかわかりにくく、
舞踏団のメンバーの正体も早くから明らかにされるため、
謎解きの要素はそんなになく、なんだか気持ち悪い音楽と
しつこいグロ描写があったり、前衛的な表現の
画面や舞踏団のあやしい踊りが続きます。
エピソードも前作により重層的になっており、
前作に出てこなかった精神科医も准主人公的な
扱いとなっており、ますますわけがわからなくなります。
昔、ブレードランナーを初めて観た際に感じた
難解さと同じような印象もあり、何度も見て
新たな発見をするというカルト映画に
なるような気はします。
※長いです!、1時間くらい削除すればいいのに。
※主人公を演じた女性は、昔のマイアミ・バイスに出て
いたドン・ジョンソンの娘だそうです。
※前作の主人公を演じた女性が重要な役を
演じています。
※これは、もう公表されているので書きますが
ひとり3役を演じている役者がいます。
但し、なんのために3役演じているのか
趣味なのか、よくわかりません。
※日本未公開の「マザー!」に似ています!
※最近、あえてリメイクしたり、続編を製作
する例が増えていますが、そうする意味が
ないような映画も散見されます。
※決して二日酔いの時には観ないでください。
二日酔いが絶対悪化します。
肩甲骨とユダヤ人迫害
何だかスピルバーグの映画を観てる錯覚をしてしまいそうになる前半部分。どうもハイジャック事件やユダヤ人医師の過去の想いによって『ミュンヘン』や『シンドラーのリスト』を思い出してしまったみたいです。確かにダリオ・アルジェント版のオリジナルでは1977年にドイツに起こっていた社会背景が全く描かれていなかった(多分、ハイジャック事件は公開後だが)。おかげで、予習のために見たアルジェント版がとても薄っぺらい作品に感じてしまった。
バーダー・マインホフやドイツ赤軍(RAF)、パレスチナのハイジャック犯が・・・という話題にパトリシア(クロエ・グレース・モレッツだった。気づかなかったよ)が興味をもって地下活動してるなんて噂も飛び交っていた。魔女マザー・マルコスが魔女の選挙によって選ばれ、落選したマダム・ブラン(ティルダ・スウィントン)は振付師として生徒たちを教育していた。これだけでもオリジナルから全く外れたストーリー展開。たしかに学校内での登場人物の名前はほぼ同じで、パット、オルガ、サラはみんな殺され、魔女たちの生贄にされていたが、この映画では死んでるのか死んでないのかよくわからない。謎といえば、オリジナルにおいても、明らかに謎の男の手が最初の殺戮に関わっていた。
改変といっても、これはこれで楽しめたという内容。ナチによるユダヤ人迫害のテーマがメインともとれるし、魔女狩りとも絡めてあるところが興味深い。さらに言えば、主人公スージーの存在自体が普通の少女ではなく、間違って選ばれた魔女を粛清するために派遣された聖母マリアのような存在のように描かれていた。選挙の際、「多数決ね!」という言葉もずっと引っかかっていたのですが、マザーマルコスが選ばれたのもヒトラーが選ばれたのも多数決の選挙なのだ。ついでに言えばアベちゃんだって・・・
社会情勢や反ナチの伏線は大好物ではありますが、最後には全部「記憶消しちゃえ!」みたいな方向に持っていったのは反則技のような気がします。エログロな終盤の儀式、パカっと胸を開いたスージーちゃん、記憶に留めておきたいのにしばらくすると術が効いて、忘れちゃうのかも。ちなみにハート(AJ)のエピソードは好き。収容所で殺されたアンケがオリジナル版のスージー、ジェシカ・ハーパーであることも感慨深い。「オリジナルを貶したリメイク」といった意見も多いのですが、高校生当時映画館で観た者から言わせてもらえば、アルジェント版は目がチカチカしただけで普通に駄作だと思いましたよ・・・全然怖くなかったし。なぜ今オリジナルが時を超えてそこまで持ち上げられるのかがわからない。
なんか思ってたのと違った。
サイコのような感じからスプラッターものへ❗
自分だけかな?
意味不明過ぎて探求心を擽る
全編通して何が何だかサッパリ分からないというのが観賞後の率直な感想。意味不明過ぎて怖いという感情も沸かず、ホラーなのか?アート?結局なんなの?という疑問ばかりが浮かびました。
逆に、ここまで意味不明過ぎると探求心が沸くもので、解説ブログや感想を読み込み、やっと少しはこの作品が理解出来た気がします。
謎ばかりの登場人物たち、謎ばかりのバレエ団、謎ばかりの過去、謎ばかりの未来。ダルダルの裸サングラスおばちゃん魔女とか、ラストの阿鼻叫喚血祭ダンスとか、とにかく尖った作品でした。
好きではないですが。(笑)
目指す方向性は何だったのか?
ダリオ・アルジェントのイカれた作品を使って、「何をやりたかったの?」と心の底から思えた。
スリラーなのかアート系なのか?
それと、ただのオペラなのか?
今の時代でR指定作品は作りたがらないのは理解するが、目指す方向性がハッキリしない作品でした。
しかも2時間30分は長い。
これはリメイクではなく、モチーフ。
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