サスペリアのレビュー・感想・評価
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君の名前での監督だよ、ね?
概ね40から上の人たちはサスペリアのテレビコマーシャルをおぼえているはずです。
「決してひとりでは見ないで下さい」
とても有名になったコピーです。むろん現在、ダリオアルジェントの映画を見ても、怖くはありません。独自のスタイル/美学はありますが、時代を感じさせる映画です。
胸騒ぎ~と君の名前~を見ていたので、陽性の人生賛歌を撮る映画監督だとばかり思っていました。そう思っていただけに、プロローグとタイトルのあと、ヒロインが入団する章から、異世界に迷い込んでしいまいます。つまり「誰の映画観ているんだっけ感」です。
ベルリンには未だ壁があり、いつも曇りか雨か雪です。テクニカルな長回しのシークエンスと不安をかき立てる弦楽。ショットやカットにはヒッチコックのような寓意もありました。
老齢の精神科医とヒロインとヒロインの母の記憶──前触れなく時間と場所が錯綜します。かなり複雑な編集をしていました。
予備知識が「君の名前の監督がダリオアルジェントをリメイクした」だけ、だったゆえに、連想していた世界観との違いに興奮したのです。そもそも冒頭クロエモレッツが出てきたところから「おや?」だったのですが、そこから「おや?」だらけになります。
とくにサイコキネシスのような術でダンサーの四肢がよじれるシーンから、言ってみれば──鑑賞姿勢が完全マジモードになっていました。マジモードになってみると、とくにマザーの部屋へ入ってからの物凄まじさは相当な負荷でした。
それはホドロフスキー+パゾリーニをアロノフスキーの美学で捉えたというような、ちょっと形容できない壮大+いびつな群舞です。加えて、割かれ/砕け/もぎれ/吹き飛ぶ肉体と、夥しい量の血。生生し過ぎて赤の色付けは必然でした。完全に圧倒され──私も長らく映画を観ておりますが正直たいへんな衝撃でした。
ただ思ったのですが、この映画を観ていちばん驚いたのはおそらくダリオアルジェントではないかという気がするのです。あのざっくりした山っ気のある、謂わばメルヘンが、史実的考察と得体の知れないカルト集団の肉付けをともなって、完全な別物になっていたと思います。
逆に言うと、アルジェントのサスペリアに私が読み取れない深淵があったのかもしれません。いずれにせよ素人的に観て、とうていサスペリアの翻案とは思えなかったのでした。
素人ついでにルカグァダニーノ監督についての考察ですが、個人的に感じたのは「アメリカの混入」です。ヨーロッパ映画がある種の「一本調子」を持つことを監督は知っていると思うのです。君の名前のアーミーハマーやこの映画のクロエモレッツは、時として潤い過ぎてしまうユーロ圏の絵面に、軽くて乾いたアクセントをもたらしている、ような気がしました。
個人的に、この映画に使われた「映画史を塗り替える」という宣伝文句は言い過ぎだとは思いません。かなりびっくりした映画でした。
好みの別れる映画のように思う。
私はもう二度と観ない映画だろう。
(たとえダコタジョンソンのおっぱいがどれだけ美しくてもね)
ティルダスウィントンに関しては、もうあっぱれだし、何役やってるのって感じだし、もう女優として素晴らしく尊敬するが、それにしても怖い。
生々しくないのに残酷で、女性しかいないのに、下品。
最初、団体の異変に気付き始めた生徒が、呪われる様は本当に見てられなかった、
いや、本当に凄いシーンなんだけど、映画でしか見れないし、監督のクリエイティビティすげえ…ってなるけど、得るものは無いです。本当に。
ミアゴスはめっちゃ良かったなあ。あの軽そうで重い演技がすきです。お顔を活かした演技。
しかし、これだけ女の人が出てて、厭な気持ちにしかならない映画も珍しいというか。ブラックスワンと似ているかもしれんけど、また違うよね。
魔女とか、秘密組織とかすんごい面白くてゾクゾクするテーマなはずなのに、なんでやろ。
※1977版は未見。
血みどろの傑作
ルカ・グァダニーノ「サスペリア」抑圧と因習を打ち破り現実に立ち向かう力を描くと同時に、ファシズムという抗うことが困難な壁に分断された愛を描き、私たちは本来持つ力を、なぜ壁を打ち壊すことに使わないのかと訴える、切なくて愛に満ちた血みどろの傑作。
あかいあかいあかい
劇場でも鑑賞したのですが、このあいだ改めて見返したのでレビュー。サスペリア旧作も鑑賞済みです。
とにかく赤い映画でした。赤くて痛くてグロテスク。
私はコンテンポラリーダンスの良さが元々よくわからないので、この映画内での「不気味な儀式」といった扱いは妙にしっくりきました。筋肉が引きちぎれそうなくらい腕を振って、ステップとともに悲鳴のように高いキュッという音が床を鳴らす。踊っているだけでホラーチックな映像は素直に良いと思いました。閉じ込められた生徒が体を激しくぶつけながら踊りをやめられないシーンは、痛々しすぎて目を背けたくなるほどでした。
映像を通して見て思ったのは、この監督は女体を「汚らしく」撮るのが本当に上手だなということです。ムダ毛やクマ、シワ、たるみなどありのままの生体としての「女」を撮るので、そのありのままの汚さが「魔女」の醜さに繋がっていくように感じました。全寮制の女子校が舞台で同性同士の絡みも多いのに、耽美的な雰囲気はあまりなく汚らしく煩わしいものに思えました。そこが好きでした。
しかし、ラストの魔女復活の饗宴シーンはなんだか冷めてしまいました。内臓を撒き散らしてグチャグチャで確かにグロテスクなのですが、前半にあったなんともいえない気持ち悪さが失われてしまったような…劇場ではラスト付近はあまりに露骨にグロテスクなので少し笑ってしまったほどです。「母」というワードが繰り返し出てきたので、あれは出産の際の出血をイメージしているのかな。
ティルダスウィントンが好きなので、影のある彼女がたくさん見られて嬉しかったです。
歴史を知らない人、映画の見方を知らない人は、余裕で置いてかれます
なんとなくでも解釈はできるんだけれども、映画を見終わったあとはここに書かれているような素人の一意見なんかではなく、しっかりとプロの解説を聞くべき。
正直、素人一人での解釈には無理がある。
特に世界の歴史にあまりにも疎い日本人には。
難解で情報過多、サブテキスト多めで裏設定も多い、
メッセージが詰まりすぎな映画。
個人としても、映画評論家の町山智浩さんがネットで有料配信している映画解説を聞いて、ようやく、腑に落ちた。そして、本作の凄味を痛感した。感服した。
タランティーノがこの映画を見て泣いたことも、腑に落ちた。
後半の凄惨な映像や少女達の悲劇に目が行きがちだけれども、実はこの物語は社会情勢に愛するものを奪われてしまったある「老人」の愛にまつわる物語。
「罪」と「恥」と「怒り」にまつわる物語。
あと、ある役者が本作で容姿や年齢、性別全く異なる三役を演じていたことに脱帽。正直それだけで星5。
三大魔女の1人、ベルリンに降臨
アメリカ・オハイオ出身のダンサー:スージーが、ベルリンのマルコス舞踏団の採用に合格し、いきなり大役を得る。
一方で患者であり、失踪したマルコス舞踏団ダンサー:パトリシアの行方を追う為、舞踏団を探る心理療法士のクレンペラー博士。
この舞踏団に秘密が。秘密とは何か?。
オリジナル版1は何故かうる覚えで内容知ってますw
(幼い頃観たかな?)
オカルト(魔女)満載のお話しである。
話の流れをこうしたいのベクトル(方向性)は分かるのだが、(最近の他のオカルト作品にも言える事だが)過程が雑である。
(中盤話の流れが中々進まなかったのか、クレンペラー博士がパトリシアの日記と評してサラにこの物語の核心をさらっと説明してしまうのが残念だ。)
また時間帯によって主要キャラクターへの比重が偏りすぎである。偏り過ぎの割には重要で無かったり困ったものである。
主要キャラクターのパトリシア、サラ、クレンペラー博士の扱いはもう少しどうにかならなかったであろうか?
(パトリシア役のクロエたんが台無しであるw)
パトリシアとサラの関係性、序盤からのスージーとサラの仲の良さを強調させていればもっと話的に面白くなっていたであろうし、クレンペラー博士を秘密を解き明かす重要人物に仕立て上げたかった感もある。魔女側も生き証人にしたかったのだろ?これではただ巻き込まれた爺さんである。
1977年ドイツ赤軍への関連性なぞ要らんし、クレンペラー爺さんの奥さんネタもつまらんし、ティルダ・スウィントンの1人3役も要らんから、もう少しスリムに分かりやすくして貰いたかった感があります。
官能、愛、救いを搦めとる恐怖感。
原作版は記憶の彼方に飛んでますが、リメイク版の本作を観て抱く印象は原作を見た時のそれとはだいぶ異なっている。双方に共通するのはおぞましさと美しさの同居。
これがルカ・グァダニーノ監督の武器なのかな?と思うほどの洗練された官能のシーンと、いつまでも余韻を残すような美意識の高いカメラワークが印象的。『民族』のダンスシーン、音楽ないのに迫力凄すぎてもうホラー真っ只中だったw
ラストシーンは個人的にはバッド・・・というか、記憶毎愛も消されちゃうって、救いと言えるのかな と云う。複雑な思いで締めくくってしまった。
お、おう…
オリジナル版の骨格は残しつつ、ドイツの歴史を徹底的に調べあげて肉付けした再解釈版。
……なんだろうけど、正直、全く分からんw
いや、ストーリー自体はむしろ単純なんだけど、枝葉の部分を追っていくと迷子になってしまうというか。
ネットで解説を読んだり町山さんの解説を聞いて、やっと理解できた。
設定がちょっと似ているというだけで全くの別物。 精神科医の老人の妻...
設定がちょっと似ているというだけで全くの別物。
精神科医の老人の妻との設定は本編がボケてしまうようで余計だと思った。
最後の最後ので思いっきりグロで黒魔術的?要素があるが、それ以前はちょっと変な雰囲気のおばさん軍団って感じ。
やはり私は前作のほうが好き。
新たな魔女ここに誕生す
イタリアン・ホラーの名匠、ダリオ・アルジェントによる1977年の代表名作を、『君の名前で僕を呼んで』が絶賛されたルカ・グァダニーノがリメイク。
…と言うより、大胆に再構築/新解釈。
オリジナルは今尚、ファンに熱狂的に支持されている。
オリジナルは以前見、感想も書いたが、この名作ホラーについて詳しく語れるほどではない。
オリジナルとの比較や本作を一本の作品として、自分なりの感想を。
ヒロインが足を踏み入れる戦慄の世界。
基本は継承しつつ、幾つか設定変更。
まず、バレエの寄宿学校から舞踊団に。
故にバレエではなく、前衛ダンスに。
また、オリジナルの尺は100分だったのに対し、本作は何と2時間半!
相当ドラマ部分を広げた感あり。章仕立てや背景に当時のドイツの事件、出来事。
オリジナルは早々と怪奇の世界に誘われた印象だったが、本作は特に前半部分が本当に『サスペリア』?…と思うくらい静か。
端整な映像美ではあるが、あのアルジェント節とも言える“赤”を強調した鮮烈さはナシ。
グロさも控え目。
これらだけでも大分印象が変わったのが窺い知れる。
と言うか、少々退屈に感じてしまうだろう。前半は。
少しずつ、異様さが表れ始める。
ヒロインの激しいダンスに呼応するかのように、別場所で別のダンサーの身体が無惨に歪む。抑えていたショッキング描写が一気に解放!
披露される独創的な前衛ダンスはダークと美が融合。才気すら溢れる注目シーンの一つ。
オリジナルのゴブリンの音楽はインパクト充分だが、本作のトム・ヨークによる流麗な音楽も素晴らしい。
ちょいちょい“虫”や狂気やエロスを挟み、ミステリアスさや不穏なムードは増していき、そしてクライマックス!
血とグロの狂乱の宴。
“赤”のオマージュも。
ここはオリジナルファンも満足する事だろう。
ソフトSMの世界から魔女の巣窟に足を踏み入れたダコタ・ジョンソンの熱演。
オリジナルファンにはオリジナルのヒロイン、ジェシカ・ハーパーの出演は感激モノだが、
やはり異才を放つのは、ティルダ・スウィントン。
団のカリスマ振り付け師…だけではなく、失踪した少女を捜す老心理療法士(♂️)、クライマックスに登場するあのキャラも。
全くタイプの異なる1人3役!
もはや唯一無二の個性派女優!
まあとにかく、賛否分かれるだろう。実際、評価も賛否両論。支持側はオリジナルに負けないほど熱狂的に支持しているようだが、辛辣な酷評も多い。
あのおどろおどろしくも美しい、陶酔すらさせられる作風こそ、『サスペリア』。
それに対し、本作はアートな作り。
新たに構築/解釈しながら、分かり易くではなく、かえって謎めいて暗示めいて、難解にさえも…。
最初は正直ナンカチガウ感あったものの、おぞましく美しく、見終わってみればこれはこれで魅了。
さながら、“シン・サスペリア”。
“アルジェント魔女に”リスペクトしつつも、大胆で野心的に挑んだ“グァダニーノ魔女”、ここに誕生す。
トム・ヨークの音楽が素晴らしい。ティルダ・スウィントンは存在自体が神秘的。
トム・ヨークの音楽が素晴らしい。
ティルダ・スウィントンは存在自体が神秘的。
オリジナル「サスペリア」のテイストを残しつつ、別次元の芸術作品に昇華させた作品。
<劇中披露される赤い縄を身に纏う踊りが大変エロティックに見えたのは、私だけだろうか?>
<最近のクロエ・グレース・モレッツはもう少し役を選んだほうが良いのでは?とも思った。>
<2019年1月25日 劇場にて鑑賞>
タイトルにおんぶに抱っこ
オリジナルの顔を背けたくなる陰惨さ、70年代を象徴する混沌とした不安感、ゴブリンが醸し出す現実との剥離を誘発するサウンド、それらには到底適わなかった。
ティルダ・スウィントンの熱演と様相だけが唯一この映画を一定の水準へ引き戻した印象。
ドン・ジョンソンの七光りと思われても仕方がないほど、学芸会恋愛ごっこのフィフティシェイズが身の丈に合ってるダコタは魅力に欠ける。
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