止められるか、俺たちをのレビュー・感想・評価
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若松プロの疾走に引き込まれる
やられた。熱き時代に止まらない若松プロのその姿に、凄く共感しちまった。まさに傑作の邦画。アングラと言われようが、エロと言われようが、右寄りな思想を出そうが、若松プロは常に前進あるのみ。助監女性中心に描かれてるが、この映画は間違いなく、時代を生き抜いた若松プロの勇姿、その誇りをうたいあげた映画だ。
恥ずかしながら、若松監督作は『キャタピラー』しか観てなかったが、あの作品の重厚感と生々しいエログロさの元はここにあったんだと知らされた。
女性に観てもらいたい
言いたいことはいっぱいありますが個人的には、門脇 麦さんの演じる女性の心の揺れ動く描写に終始見入ってしまいました。
子供をおろすのはセックスに負けた事であり、子供を産むこともまためぐみにとっては負けることになるから結局『死』という悲しい選択をしてしまったのでしょうが…
その行為は浅はかではありますが死ぬことによって彼女のクリエイターとしての最期の自己主張たる『作品』として完結したのでしょう。
そう、文学者・三島由紀夫 氏のように…
19’ 11月1日 ミニシアターにて鑑賞
ぽっかり空いた穴に落ちる
門脇麦は存在感のある女優である。何を考えているのかわからない女、本当は何を考えているのか教えてほしいようなほしくないような、知りたいような知りたくないような女がいる。そういう女を演じるとピカイチだ。本作品の主人公はまさにそういう女で、自分でもよくわかっていないところにリアリティがある。
めぐみは、何をしたいのかよくわからないままに生きている。若松孝二という圧倒的なバイタリティに引きづられるように毎日を過ごすが、自分がどうしたいのか、何が出来るのかは、闇の中だ。闇は心にぽっかり空いた穴を埋め尽くし、やがて現実ににじみ出て、めぐみを苦しめる。周囲の男たちの言葉によって小さな幸せを感じたり、または怒りに顫えたりしながら、彼女なりの精一杯の青春を生きていた。門脇麦の渾身の演技である。
観ていてかなりしんどい映画だった。若い映画人がそれぞれに鬱屈を抱えつつ、殺人的なスケジュールをこなしていく。ときに飲みつぶれながら、ときに激しく議論しながら、それでも作品を作り続けるエネルギーが伝わってきて、観ている方も体力がいる。井浦新の若松孝二は映画監督というには少しスマートすぎる感があったが、反権力、反体制の人であり、感性の人であるという特徴はよく出ていたと思う。好演である。
映画が終わって外に出ると、日曜日の正午すぎの新宿三丁目は、微妙に怪しい雰囲気である。休みの店や準備中の店、営業しているのかわからない店がそこかしこにあって、気だるそうに道を往く東南アジア系の観光客、急停車した車から降りて走り出す黒人、腕組みをしてこちらを睨む女装の人、大声で電話をしているチンピラなど、凡そ日曜日の午後らしくない人々が闊歩している。なかなかいい感じである。
思考の上積みも感情の整理もできず…
1969年は確か、ウッドストックのあった年だ。
学生運動やベトナム戦争などの時代を直接経験していない自分にとっては、この映画を観ても思考の上積みも感情の整理もできなかった。
若松監督作品も知らないため、強烈なキャラクターであることはわかったが、彼が本当に撮りたかった映画がどんなものか知らない。何かを“破壊”したかったのだとは感じた。
若松映画に憧れて、監督志望のめぐみは、映画監督にはなりたいけど“何を撮りたいかはわからない。”と言っていたことが印象に残る。助監督を勤め、あんなにがんばっていたのに、どうして自死を選んでしまったのか?
映画監督の大澤渚、漫画家の赤塚不二夫、漫画家のモンキー・パンチも登場する。
当時の雰囲気、情景だけは、何となく伝わってきた。
熱量
男臭い映画は嫌いなんですけどこの映画はその熱量を感じて引き込まれて観た。女性が主人公と言うのがよかった。門脇麦ちゃんが本当に美しい。過酷な現場ながら、笑顔もたくさん。夢や希望がたくさん。でも、それは期間限定のことなのかな。何かをつかもうと自分の道を自分の意思で歩む女の子が、最後あんな形で終わってしまう悔しさ。あんまり物事を深く考えてない男子がああやってひとりの情熱を持った人間の命を危機に晒すってこと、ほんと罪深いね。女の子の自尊心が本当に低い時代だったんだなあとも思う。劇中の映画にでてくる女の人はつよいのにね。
クソみたいな映画界をぶち壊したい
多分、国営放送でなければNHKの朝ドラの題材になるような作品なのではないだろうか。お山のボス猿の元に得ないの知れない一匹のメス猿が舞い込んでくる。とはいえ、そのメスの部分をグッと押し殺し、ボス猿の背中を見つめながら、自分の存在理由を問い続けるメス猿の波瀾万丈な生き方を語った作品である。
1960年代後半からの時代背景は、自分がまだまだガキだった頃の話なのでそこには全てを共有できないけど、物心ついたときにその残り香を感じさせれるセットの数々は確認出来た。特に所謂高級文壇バー的な場所のあの木の調度品等、あの頃から古めかしいしかし、威厳みたいなものを感じ取られたものだ。
若松監督作品は、『キャタピラ』位しか観ていない。それ以外の作品はアクが強いという理由で観る機会がなかった。そんな感覚の自分が思うに、主演の門脇麦は今作品、出るべきではなかったと勝手に結論を持った。勿論、ファンの一人としての想いなのだが、汚れをやるにはまだ若いのではないだろうかと・・・ まだ“業”みたいなものが表現仕切れていないように感じる。
いや、門脇麦が悪いんじゃなくて、そもそもこの同窓会的作品自体が作られる必要性があったのだろうかと感じるのだが。
確かに、安保時代からの狂乱のバブル時代にそれぞれ登場人物がそれこそ暗躍していたであろう怪しい人達の元々の“虎の穴”的巣窟がこの若松プロであったという件は歴史的にも重要なのだろうが、あまりにもマニアック過ぎてその有難味が湧かないのが正直なところである。所々有名人が差し込まれているのだが、そりゃ狭い業界、どこかで遭遇することありえるだろう。ストーリーとしてそれが必然性を感じさせてくれれば深みも増すのだが、そういうこともあった的状況説明に始終しているように感じる。赤塚不二夫、大島渚等、こんな人とも知り合いだったんだよ的、自慢話にみえてしまうのは自分だけだろうか。
主演、吉積めぐみの自殺方法が、睡眠薬&酒&扇風機というのもノスタルジーを掻立てることはあっても、もっとドラマティックさを演出してもよかったのではないかと思うのだが、底辺に流れるイメージは違うのだろうかな。
正直、共感性はあまり感じられず、唯々、主人公の虚無感だけが漂う、引っかかりの薄い作品だと感じた次第である。
キャスト陣は大変素晴らしい人達ばかりだったんだけどね・・・
PS:このサイトじゃなくて、有名な映画レビューサイトでちょくちょく書き込まれていた『タバコ』問題だけど、よくそんなくだらないコメント残す奴いるんだなぁと思う。今の時代背景を何で作品に落とし込むのかよく分らない。そんな奴はレビューする資格無いから書き込むな!! タバコの紫煙の奥にある意味合いを勉強しろ!!
予告編を観たり、このアプリで
何となく、あらすじを読んで映画館に足を運ぶワタクシ。ハズレもあればアタリもある。今回はアタリの方でした。門脇麦さんが本当に良かったかな。紙を丸めて、ゴミ箱や壁に投げ付ける、というのは昭和な表現なんだと変な発見をしました。
興奮が止められない
最後のエンドロールが流れてきたとき、悲しいとも感動とも違うものを感じました。
興奮したが正解なのか、悔しいの気持ちもあるかも、自分でも説明できない気持ちだけど、やっぱり映画はすごいなぁ
60年代カッコいいなって思う。
白石監督作品初観賞
高評価作品を多数輩出されてる白石監督ですが今回監督作品初観賞しまして高評価の理由がわかる気がしました。演出テクニックの上手さも去ることながら人物描写の才能も非常に卓越した物をお持ちで、正直、井浦さん、山本さん、高岡さんしか知ってる役者さんがいない中で(門脇さんも初見でしたm(__)m)間違いなく全てのキャストの皆さんがその演じる役柄が印象に残る様な魅力的な演技をされていて、一つ一つのシーンが瞼の底に焼き付いて未だにドキドキで感動覚めやらずと言った感じです。白石監督の他作品も絶対観たいと思いましたし、若松監督の作品も又改めて魅力を再発見出来る観方が出来るんじゃないかなと楽しみが増えた感じです。
いやぁでも今頃、若松監督や恵さん、大島渚監督や赤塚不二夫先生たち、天国で私たちを見て「あいつらまだまだ[ぶち壊し]が足りないぞ。何やってんだ!」って言いながら煙草やお酒楽しんでらっしゃるんだろうな☆☆☆
映画に賭けた人々。
若松孝二監督の映画は、晩年の一般映画しか知らない。彼の映画は並んだタイトルだけ見ても先鋭的で、いまの時代、ちゃんと上映されるのかどうかわからないほどだ。
そのような映画の製作現場は、予想通りエネルギッシュで、なぜ吉積めぐみ(門脇麦)はそんなところへ迷い込んでしまったのか。
そう映画では、めぐみは迷い込んだように見える。
1960年代後半、男社会に身を投じた女性が、蔑まれることなく、他のスタッフと同じように扱われていることに驚く。女だから、というスタンスが誰にもなかった。
それでいてあのような映画を作っていたのだからますます驚く。
精力的に作品を発表し続けている白石和彌監督。自分のルーツを探るがごとくの演出は好感がもてた。
映画作りには憧れもあるが、やっぱり苦労は絶えない。
止まらないぜ!の方が良かったのでは?
若松孝二監督の名前は勿論知っていますが、若松監督の名前を意識して作品を観た事が無いのですが、昭和の有り余るエネルギーを勢いにして、突っ走った映画人のお話かなと観る前から勝手に解釈して観賞しました。
で、感想はと言うと、前半と後半で評価が違いますが、全体的にまあまあ。
作品としては何かを訴えかけてきます。
理屈ではなく、思いのままに理想に突っ走しれたあの時代を羨ましく思えます。
窓から外に向かって立ち小便なんて、今なら見つかれば警察沙汰どころか訴訟問題です。
それでも、まだ何者でもない者達が何処に向かっているかは分からないけど、とりあえず思いのままに走ってた時代。
劇中であった、ピンク映画の撮影で裸の女性が海岸で走っている後ろをカメラを持ったスタッフも全力で追いかけている。それもスタッフ全員。
この映画を表す代表的なシーンではないかと。
ホント、このシーンは印象的で観ている途中で良い映画だなぁと思いました。
ですが、後半から失速感があって、逆にタイトルが意義あり的に仇になってます。
タイトルの「止められるか、俺たちを」。前半は確かにこのタイトル通りです。
主人公でヒロインのめぐみがふとしたことから若松プロに入り、助監督として、若松プロで男顔負けに活躍していく。
周りのスタッフも負けず劣らずの一癖も二癖もあるのばかり。勿論親分の若松孝二監督は言わずもがな。
それでも様々に情熱をぶつけ、自分の信念のままに突き進んでいく。
まさしく、止められるか、俺たちを。です。
ですが、中盤辺りからめぐみの女性としての面がクローズアップされていき、葛藤のまま、自分の人生に幕を引く。
昭和45年頃の時代を駆け抜けた、一つの青春映画として観るととても面白いと思います。
女を捨てて、男顔負けに活躍するめぐみが可愛い格好いい。門脇麦さん。ハマリ役です。
ですが、めぐみの若松プロで駆け抜けた青春と言うのなら解るけど、若松プロの火の玉の様なエネルギーで駆け抜けた時代の物語と言うのではないので、タイトルと合ってないかなと。
あと若松孝二監督の存在が作中ではなんか中途半端に薄いです。
若松孝二の強烈無比のキャラクターに周りは翻弄されつつも、皆が癖のある人物で、変換期を迎える映画業界に置いて、異端ながらにも異彩を放つ“若松プロ、ここにあり”を期待してたんですが、そうでは無かったなぁ。
まぁ勝手な解釈で観る前からイメージを作りあげてしまったので、違和感はしょうがなしなんですが、もっとクレイジーで良かったのではないかなぁと。あとタイトルは「止められるか、俺たちを」よりも「止まらないぜ、俺たちは」の方がめぐみの遺志を次ぐ意味でも良かったのではないかなと思います。
多分、自分よりももう少し年上で学生運動に記憶があって、あらゆる体制に不満があって、映画に熱中した時代を過ごした方なら評価は変わるかもですが、自分的にはこんな感じです。
それでも観た方が良かったか?と言うと観て良かったとは思っています。
次は若松監督の作品を改めて観てから、観てみたいと思います。
時代の先駆者の苦悩に共感
一歩時代の先を行く社会派作品で名を馳せた若松孝二監督率いる独立系の若松プロダクションの黎明期を、助監督として入所した女性・吉積めぐみの目線で描く。正直なところ、若松監督の作品は鑑賞したことが無く、特段ノスタルジーは湧かないのだが、高度経済成長を謳歌する一方、よど号ハイジャック事件や石油危機勃発などとても騒々しかったあの頃を思い出した。最初は社会派を謳いながら、その一方で糊口を凌ぐためピンク映画も撮ると言う、ある意味とても現実的な路線を進んでいた彼らであったが、徐々に過激な政治集団と交わって変質して行く様は、生活が日に日に豊かになる一方で、その波に上手く乗り切れなかった人々の鬱屈した心理を映すようで興味深い。そしてまだ今のように女性の社会進出が進んでいなかったあの時代、男社会の映画プロダクションに飛び込んで、下積みに耐えながら短い青春を駆け抜けた吉積のぞみも、やはり時代の先駆者であったように思う。そんな彼女を生き生きと演じ切った門脇麦がとても光っていたように思いました。
「止められるか、俺たちを」という科白を聞いたのは誰か
若松孝二でも足立正生でもなく、謎の死を遂げた吉積めぐみを中心にしたことで、「映画に命を賭けた男たちの群像劇」とは違う深さが加わった。エネルギーの塊のような若松孝二、観念世界を構築する足立正夫。対して、作りたいものがわからない吉積めぐみ。悩みを打ち明けた彼女に、秋山道男(オバケ)は「目の前の課題をこなすだけだ」と答える。しかし、吉積はそれだけでは生きられなかった。
子どもを身籠ったことと、自分の方向性のジレンマに陥った吉積。ここに男性性とは異なった女性性の問題が立ち現われる。また、彼女は政治に興味が持てない、と言う。しかし、その「政治」とは、男たちが語る大文字の「政治」のことだったのではないか。実生活とはどこか遊離した「政治」の議論に違和感を感じていたのではないだろうか。
若松は「男に生まれた以上、女は拝むものだ」と語っていた。「止められるか、俺たちを」とは、若松や足立たちを含む映画に賭けた男たちからの、吉積への問いであり愛だったのではないか。
映画制作への情熱が伝わった!
知識0で観ましたが面白かった。
若松プロのファンとして観たらもっと面白かったのかな?
井浦新さん演じる監督ご本人に寄せてるであろう演技が、すごく面白くて、監督ご本人を知らなくても上手だと感じました。俳優さん皆さん上手いです!
門脇麦さん演じる恵の感情がなんだか見えづらくて、複雑で、切なくやりきれない気持ちは鑑賞後どうしても残る。けど、そこがこの作品の良さなんだと思った。
恵を始め、若松プロの皆さんに会いたくなる。
会社が今も残り、語り継がれるのは、作品を作りたいと思う恵さん、信頼ある監督始め、スタッフの熱き情熱と行動力。観てる側も熱くさせられる。
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