多十郎殉愛記のレビュー・感想・評価
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監督補佐・熊切和嘉の参加は次世代剣劇への資産
21世紀のチャンバラ活劇は、香港映画のワイヤーアクションやCG視覚効果の普及もあってずいぶんとスピーディーに派手になった。そんな昨今の時代劇に馴染んだ目に、昔ながらの殺陣は少しばかり間延びしているように感じたのが正直なところ。だが、見た目の派手さや目まぐるしいカット割による速度感を追い求めると、時代劇の世界で受け継がれてきた文化遺産とでも言うべき殺陣の技術も使い手も絶滅してしまうかもしれない。チャンバラ最盛期を知る中島貞夫監督に、「鬼畜大宴会」の熊切が監督補佐としてついたのは、そうした文化の継承という意義が大いにある。昔のままにこだわる必要はない。伝統の上に熊切監督なりの新しいバイオレンスアクションを作ってくれることを願う。
高良健吾は優男の印象が強いが、相当特訓したのだろう、剣の達人役がさまになっていた。多部未華子の素朴な明るさが、ストイックな物語につつましやかな華を添えていた。
古い時代劇のような威圧感がある
枯山水は本物の水を使わずに水の存在を表現する。つまり偽物の水、作り物の水というわけだ。しかし、その偽物も究極まで極めれば、美しいもの、良いものと認識される。「多十郎殉愛記」はそんな映画だ。
リアリティーを追及するのではなく、あえて偽物の作り物を高次元に研ぎ澄まそうとした。偽物の本物には美が宿る。映画としての美しさは確かにあったと思う。
そんな美しさの一翼を担っているのが主演の高良健吾だ。まず迫力がある目力が良いよね。それに風貌の汚さと相まった存在感が凄かった。殺陣もかなり頑張っていて良かったね。
作り物の汚なさが美しさを生んでいたんだと思った。
多十郎の相手役おとよを演じた多部未華子も良かったと思う。着物がよく似合っていたし、演技面でも高良健吾の迫力に圧殺されることなく頑張っていた。今までの多部未華子で一番エロスを感じたしね。
ただ、あくまで過去の多部未華子と比べてであって、他の女優や作品に必要な量や質があったかというと、やっぱりちょっと足りないかな。
見た目が幼いので、飲み屋の女将のような役に対して大人っぽさがどうしても不足しちゃうんだよね。
あとはストーリーについてだけど、これははっきりいって不満が残るな。浅いというか薄いというか、多十郎が戦う理由に必然性をあまり感じなくて、ただ戦ってるだけのように思えた。
多十郎の侍としての矜持とか、おとよの為とか、なんかしらが一応あるんだろうけど、もっとドーンとくるインパクトが欲しかったよね。
このへんの物語の軽さはわざとなのか失敗なのか判断しかねる。
最後に、凄く面白いとか感動するとか、そんなことはない作品だったけど、何だかぼんやりと美しい良いものを観たような気にさせられたんだよね。
偽物の本物とか汚なさの美しさとか矛盾することも書いて、混乱するし、よくわからんけれど、「多十郎殉愛記」がアッパレな作り物であった事を考えると妙に納得しちゃうんだよね。
安心せい、ミネウチじゃ
あと、特筆すべきことは日本一の斬られ役・福本清三が出ていることくらいで、ストーリーがどうでもいいくらい中途半端。幕末の話なので長州の浪人、そして新選組と見廻組との殺陣が冴えている。弟が両目を斬られ、おとよと二人で逃げていくシーンもチャンパラと交互に描かれているものの、なんだか付け足しただけの感じ。
20年ぶりにメガホンを取った中島貞夫監督。日本伝統のちゃんばら活劇ではあるが、ストーリーに力が入ってないのが残念なところ。大人数を相手にする多十郎のシーンは凄みがあるし、竹光だと思っていたら日本刀に代わっていたとか、伝統的な時代劇によくある光景は懐かしさも感じられた。
結構斬られているのにふんばって戦い続けるサムライ。極端なガニ股で構えるところも懐かしさが漂っていた。
殺陣のシーンがとても良い!
殺陣のシーンは、吐く息と音楽の効果で、緊迫感がピシピシと伝わってきて、
セリフが無くても歌舞伎を観ているようで、非常に面白かった。
というか、セリフが、いやストーリーすらない方が良かったような…。
だって、ストーリーにメイン老いてないでしょ、この作品。
そして、多部ちゃん、時代劇ちょっと違うかも…。
とにかく、後半の殺陣のシーンが最高。
大勢の追手と多十郎ひとりの押したり引いたり、
竹林の縦の隙間から覗き見える奥行き感から、追手が迫ってきて煽られる感じ、
そこに音楽の強弱の相乗効果で視覚聴覚への刺激がたまらなく、
このシーンだけで1時間観られますよ、わたしは。
ただ、そこまでが、あまりにも取ってつけ過ぎたかな。
ひとことで言うと、ひでぇ映画だ、としか。
主人公は仏頂面を最初から最後まで貫き通すだけの、よしもと新喜劇流のくっだらねーぇチャンバラ劇です、としか表現ができないのよ。
一所懸命にケレンの説明に終始するだけのストーリー構成。ムリがあり過ぎました。
唯一の収穫は多部未華子。演技を頑張っていたと思いますが、名演が一人だけでは如何ともしがたいと思います。
逆に演技が酷かったのは、寺島進。こんなに下手だったっけってぐらい下手で、セリフも固くこなれていないし。
全体を総括するなら、単なる乱闘劇で、まったく楽しくありませんでした。
吉本軍団は、とりわけジャマ過ぎ。
チャンバラ映画に殉愛す。
Amazonプライム・ビデオでレンタルして鑑賞。
中島貞夫監督20年ぶりのメガホンによる正統派チャンバラ映画。日本が世界に誇る時代劇、その格調高き香りが漂う、巨匠渾身の一作と呼ぶに相応しい作品でした!
自堕落な生活を送っていた長州脱藩浪人が、愛する者を守るために、京都見廻組の追手と、多勢に無勢な大立ち回りを演じてくれました! 決死の覚悟で戦う高良健吾の目力がハンパない! 殺陣のときの必死な表情に、色気が漂っていました。
ラスト30分の間に繰り広げられるチャンバラは、手に汗握る迫力と気迫でした。竹林に誘導するために走り回った挙げ句の死闘だったので、多十郎がヘトヘトの状態だったのは気に入りませんでした。もしかしたら高良健吾は殺陣がヘタクソで、それを誤魔化すためだったのか? ―と疑ってしまいましたが、見廻組隊長との一騎打ちでは目の覚めるような動きを見せてくれたので、引き付けられてしまいました。
往年の映画監督って、総じて女優の演技を色気たっぷりにフィルムに刻み付けるのが上手いなぁ、という印象を抱いていました。中島監督も例外ではなく、多部未華子をこんな風に撮っている作品って、これまであまりありませんでしたので、巨匠の腕があってこそだなと思いました。
多十郎とおとよの恋に関して、若干の描写不足は否めませんでしたが、従来のチャンバラ映画を蘇らせたという点で、監督の誇りと矜持、消えようとしている伝統を保護しなければならないという強いメッセージが伝わって来ました。
――
監督としては、長年時代劇で活躍してきた名優たちにも出演して欲しかったはず…。しかし残念なことに、次々とお亡くなりになられています…。個人的に、松方弘樹の殺陣は絶品だったなぁ、と思います。美しい体捌き、流れるような剣術、動きの緩急の見事さ―。もはや、ひとつの様式美だな、と…。
近年、「るろうに剣心」シリーズなどで、チャンバラ・アクションにも新風が吹き込まれていますが、正統派の技もきちんと継承して欲しい…。日本唯一である時代劇、チャンバラ映画を途絶えさせるわけにはいかないですから…。
何これ?
話の終わり方が‥何あのつかまり方笑
脱藩浪士が主人公で、新撰組が悪?という面白い構造。多部未華子は好きだが、ヒロインとしての魅力が足りない。この子のためなら死ねる、とまでの女か。弟を見捨てようとした女が。
中島ちゃんばら純愛記
先日見た『居眠り磐音』は古いタイプの時代劇だったが、本作はさらに。
似通ってる点も幾つか。
主人公は脱藩した浪人。剣の腕は確かで、今は用心棒の身。
想いを寄せるヒロイン。
藩のいざこざに巻き込まれ、守る為に剣を握る…。
見る前は凄腕の浪人役には線が細過ぎるのでは?…と思った高良健吾だが、なかなかやさぐれた男の魅力を発揮している。
正統派のヒーローというより、マカロニ・ウエスタンの主人公のようなアンチヒーロー・タイプ。
それはそれで悪くはないが、幾ら悪人でないとは言え、終盤見廻り組に追い詰められ、人質を取って立て籠るのは如何なものか。
描かれるのは飲んだくれの自堕落な今だけで、過去や背景など描かれず、人物描写もイマイチ。
尺は90分とコンパクトで話もシンプルだが、全体的にお堅い。多十郎と見廻り組が争いに発展するまでも何だか余り釈然としない。
主人公像もエンタメ時代劇としても圧倒的に磐音より魅力に欠ける。
ヒロインの多部ちゃんはとても良かった。
小料理屋の若女将で、時代劇も着物も似合い、役柄含めいい女っぷりを魅せる。
私がこの世界の住人だったら、毎日この小料理屋に通うであろう。
見る前はある理由から密かに期待していたが、ちと…。
『居眠り磐音』の方がずっと面白かった。
が、本作は“ある理由”が話題であり、見物であり、醍醐味であり、魅力。
即ち、
中島貞夫監督による本格ちゃんばら時代劇。
数多くの時代劇ややくざ映画の傑作を送り出してきた中島監督の、実に20年ぶりの長編劇映画。
そんな御大が、映画やTVから時代劇が消え去りつつある今、昔ながらのちゃんばら映画を撮る。
『居眠り磐音』ではちと物足りなかったちゃんばらの魅力と見せ場がたっぷりと。
高良クンも白熱の立ち回り。
何もかも古臭いと言いたければ言えばいい。
御大が今の世に昔ながらのちゃんばら映画を魅せてくれただけで充分なのである。
ラスト、愛する者の為に闘った多十郎の叫び。
それはまるで、消え去りつつある時代劇/ちゃんばらへの、中島監督の声そのもののようであった。
安普請感半端ないチャンバラ映画
「木枯らし紋次郎」を撮った監督さんの20年ぶりの作品だそうだが、チャンバラってもっと様式美があった気がすると感じたのは、私だけだろうか?
<2019年4月13日 劇場にて鑑賞>
殺陣はスゴいけれど・・・。呆気ない感満載のチャンバラ時代劇!!
【賛否両論チェック】
賛:生々しく、どこまでも迫力のある殺陣が繰り広げられ、観ていて圧倒される。
否:物語そのものはとても淡白なので、感情移入して観るのが難しい。終わり方も非常に呆気ない印象。
この作品の見どころは、良くも悪くも「殺陣」の一言に尽きると思います。単純にアクションというよりは、時代劇特有の緊張感というか世界観というか、剣客・多十郎の息づかいまで聞こえてくるような生々しい迫力の殺陣には、観ていて思わず圧倒されてしまいます。特に物語終盤は、そんな殺陣が幾度となく繰り広げられていくのが印象的です。
ただ逆に言うと、ストーリー自体はものすごく単純かつ淡々と進むので、特段これといって思い入れがないと、少し退屈してしまうかも知れません。登場人物達の背景もほとんど語られないので、感情移入するのも難しいです。また、ラストも非常に呆気なく、あっさりと終わってしまった感が否めません。
あまり細かいことは気にせずに、ただ純粋にチャンバラを楽しみたい方にはオススメです。
平成最後のちゃんばら時代劇
M.I.シリーズや、今一世を風靡するアメコミ原作の実写版作品群、そして半世紀以上に亘り作り続けられている007シリーズ、これらは“アクション映画”といわれ、古今東西遍く人気を博している映画ジャンルですが、日本映画では都市での高速カーチェイスや激烈な銃撃戦はあまりに現実感に乏しくて空々しく見え、ヒットした作品はあまりありません。
日本映画における緊張感と迫真性を伴う唯一“のアクション”こそ、時代劇のチャンバラ=剣戟立ち回りだと思います。
20世紀初頭の活動写真勃興期には、忍者もの、股旅・侠客ものを含め、専ら時代劇のチャンバラが観衆から大喝采を受け、映画を一気に国民的娯楽に昇華させていったといえます。
尾上松之助に始まり、新国劇の祖・澤田正二郎の鋭い剣捌き、阪東妻三郎の驚異的敏捷性による驚異の殺陣、サイレント末期の七剣聖、伊藤大輔-大河内傳次郎による怪異で無双な剣、時代が下って『用心棒』『椿三十郎』の黒澤明-三船敏郎-久世竜による革命的立ち回り、『三匹の侍』の緊迫感溢れる効果音、次々と進化してきたチャンバラが映画ファンを魅了してきたのであり、いわば映画の面白味・醍醐味の原点にあるのが、生死の境目での人と人との生身の激突です。洋画の銃撃戦では、譬え西部劇でも、この皮膚感覚に訴える生理的恐怖感と肉体的迫力は醸せません。ハラハラドキドキ、期待と不安と怖さを掻き立たせ、手に汗握らせることは、将に嘗てマキノ光雄が提唱した映画の三要素(他は、笑わせること、泣かせること)の重要な一つです。
本作は、謳い文句にあるように平成最後の“ちゃんばら”時代劇であり、名匠・中島貞夫監督が徹底してチャンバラに拘り、その妙味を縦横無尽に繰り広げ見せ尽くしてくれました。ラスト30分に及ぶ主人公・多十郎と次々と繰り出す追っ手との死闘は、多十郎役の高良健吾の腰が据わった迫真の剣捌きと立ち回りにより、カラミの巧さもあって、将に手に汗を握らせる緊迫感と恐怖感と不安感に陥れてくれました。
実に久々に本格的時代劇でのチャンバラを堪能しました。殊に竹林での立ち回りは多十郎の殺気と狂気がスクリーン一杯に拡がり、畏怖の念を禁じ得ませんでした。
冒頭のタイトルクレジットにもあるように、本作は、時代劇の巨匠・伊藤大輔監督の名作時代劇『長恨』(1926)を擬えていますが、圧倒的多数の敵に取り囲まれて逃げ捲りながら無謀で大胆な闘いを挑む姿は、阪妻や後世の市川雷蔵による『雄呂血』を彷彿させました。阪妻ほどの軽快さはなくとも剣一振り一振りの重量感は十分に伝わり、雷蔵のような妖気や悲愴感はなくとも強烈な生きるための執念が剣筋一つ一つに弾けていました。
夢も希望もなく、大義もない、生きる縁も何もなく、荒んだ心でただその日その日を漫然と生きる無頼の輩が、最後に己の命を懸けて守るものを見出せた。慈悲と慈愛に満ちた一人の女のため、そして実の弟のために剣を握る。しかしその剣は、己が生きるがためではなく、守る人を逃がすための剣であり、只管逃げ、只管威嚇し、挙句に人質まで取る卑怯者の剣。しかし初めて剣を振るう意義を見出した、究極の愛の証の剣であったと思います。
作品としての凄味は感じるが・・・・・
「極道の妻たち」シリーズの中島貞夫監督がどんな時代劇を撮るのか!? 然したる期待もせず観てみたが、作品を通じて感じる凄味、緊迫感は感じるのだが、果たして万人に受ける内容かといわれると・・・・・?
正統な時代劇ではあるかと思うのだが、こういった作品はちょっと今の時代には受け入れにくいのでは・・・・・。きしくも平日の昼間に観たのだが、観客もぽつり、ぽつり、全てが年配の観客であった。またエンドロールに”中島貞夫監督を支える会”みたいなクレジットが入っていたので、製作費的にも一般客からの援助により成り立っているのではないだろうか?
まあ今の劇場のターゲットが年配客中心になっているので、しょうがないと言えばしょうがないのだが、こうした現状を目の当たりにすると少々、邦画の行く末も厳しいと言わざろうないのではないか?
ちゃんとした物語が見たかった。
中島貞夫監督久しぶりの長編劇映画、ということになるのだろうか。
ただ、名匠とかレジェンドとか呼ばれることについては、議論の余地があると思う。
ちゃんばらを撮りたいと監督は言っていたと思うが、これがちゃんばらならちょっと時代錯誤ではないか。
我々は北野武の「座頭市」を知っている。大友啓史の「るろうに剣心」も知っている。もっと言うなら黒澤明の「椿三十郎」も知っている。
高良健吾は相当頑張っていたと思うが、今度「るろうに剣心」の新作に出てみるといい。
幕末が舞台のようだったが、それは借りてきただけで、実はどの時代でもよかった、となると、身に迫るような切迫感は皆無で、物語にも入り込めない。
時代劇は、やっぱり難しい。2020年の司馬遼太郎原作の2本に期待しよう。
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