「凄い」ラ 唐揚げたべたいさんの映画レビュー(感想・評価)
凄い
とにかく期待以上。ただ話題性だけの大規模映画より圧倒的に観る価値あります。役者さん達がかなりしんどい思いをして撮影に挑んだことは以前から聞いていたのですが、実際本編を観るとスクリーンから伝わってくる熱量がとんでもないです。キャストスタッフ全員が全力でのめり込んだからこそ出来上がった作品。誰かに感想を話したくてたまらなくなるような気持ちは久々でした。
主人公の慎平は1人では生きていけないような、頼りない男の子です。でも良い所が無いかと言われたら全くそんなことはなくて、自分の「好き」に向かって一直線な姿は輝いてます。ほとんどの人はいつの間にか「大人」になってしまうけど、そんな中で夢を追いかけ続ける慎平のような「子供」って本当にかっこいい。慎平の頭の悪さはある意味最強の武器です。
一方で黒やんは良い意味でも悪い意味でも頭が良くて、「子供」ではないけどまだ「大人」になりきれてない感じ。一緒に夢を追いかけた2人の歯車がとある出来事をきっかけに合わなくなってしまったことから物語がねじれ始めます。この2人の関係って一言では済ませられないんですよね。実際に慎平は黒やんの音楽が大好きだったし、黒やんも慎平の作った曲を口ずさむシーンがありました。本当はお互いがお互いに憧れてるんじゃないかな…
そして慎平の彼女(金づる?)ゆかり。ストーリー上の主人公は慎平ですが、個人的にはゆかりも主人公。ゆかりの行き過ぎた言動はすごく怖いけど、誰にも理解されないようで実は誰もが理解し得るキャラクターなのでは?ただ“愛情”という感情が異常な方向に暴走してしまっただけで、ゆかりを動かしている心そのものはきっと純粋で綺麗なものです。劇場特典で配られる「ソ」「ソ♯」を観た後ゆかりの心を思いながら本編を鑑賞しましたが、どうにも苦しくて胸が押し潰されそうになりました。ゆかりはどんなに辛い時も泣かずに耐え、慎平を想い、守り続けた誰よりも強い女性です。
ラストシーンではタイトルの「ラ」の意味にちゃんと納得が行きます。慎平とゆかりの赤ちゃんが息をする姿に思わず涙が出ました。毎日何十万もの新しい命が同じ「ラ」の音で人生を歩み始める奇跡、それでもみんなどこかでその周波数は狂ってしまいます。まさに「ラ」の登場人物のように人生は楽しくて簡単なことだけではないし、もしかしたら苦労の方が多いかもしれない。それでも自分なりに悩んで間違えてもがき苦しんで、少しずつでも前に進むことの素晴らしさをこの作品は教えてくれます。1人の母親として赤ちゃんを抱くゆかりの姿は前よりもっと強く見えました。そしてその光景を見た慎平の涙も良かった… 泣くお芝居は元々台本にあったのかな?そこは分からないけど、主演の桜田さんが慎平としてその光景を目の前にした時に自然と溢れてしまった涙、といった感じがしました。周波数が合わさることの無かった2人が最後は赤ちゃんと一緒に「ラ」の音を奏でているような、そんな素敵なエンディングです。決して明るい映画ではありませんが、観る人全員にあたたかい希望を与えてくれる作品でした。
キャスト陣、制作スタッフ、そして何より高橋朋広監督に盛大な拍手。この作品がもっともっと広まりますように。