「観終えて分かる、邦題の味わい」家(うち)へ帰ろう cmaさんの映画レビュー(感想・評価)
観終えて分かる、邦題の味わい
まず、邦題がいい。
観る前は、「ありきたりだな」と思い、それほど惹かれもしなかった。けれども観終えてみると、英題「The Last Suit」以上にぴったり、しっくりくる。映画が描いているのは、「友にスーツを渡す」ことではなく、「自分にとって大切な場所に帰ることの大変さ・大切さ」なのだから。そして「家(うち)」は「家族」ではない。最期に求める・帰り着く場所が、必ずしも血縁とは限らない…というほろ苦さも、この映画にはにじんでいる。
子供たちの勧めで老人ホームに入居することになった元仕立屋の主人公は、自分が仕立てた最後のスーツを(たぶん偶然)見つけ、故郷の親友に届けようと思い立つ。旅の途中、彼は幾度となく「死ぬ前に、古い友にこのスーツを届けなければならない」と重々しく口にする。けれどもそれは、自分に向けた言い訳のようにも思われた。ナチスの壮絶な迫害から逃れ、遠くアルゼンチンに移り住んだ彼にとって、故郷への道は遥かに遠く、心的にも険しい。その重みが、旅の過程でじわじわと伝わってくる。
勢いのまま旅を始めた彼が選んだのは、スペインに飛んだ後に陸路でヨーロッパを横断するルート。マドリッドで(たぶん最も信頼していた)娘宅を訪ねるが、彼女も他の子らと同類だったと思い知らされる。行き場のない彼は、とにかく進むしかない。言葉も通じず、ドイツを通らずポーランドを目指そうとする彼の旅は、難題だらけだ。そんな彼に手を差し伸べるのは、いずれも美しい女性たち。機知に富んだ彼女たちとの出会いが、頑なで孤独な彼に、少しずつ変化をもたらす。
「自分にとって大切な場所」は、思いがあふれ過ぎていて、距離感が取りにくい。再び訪れてみたいと思う反面、当時の印象が崩れる不安もある。思い返すほどに、記憶の中でデフォルメしているかもしれないとの疑念さえよぎる。寝苦しいホテルのベッドに身体を縮め、長距離列車に揺られながらまどろむ彼が見る夢は、恐ろしくも悲しい記憶の断片ばかり。それらはきっと、家族にも語らずに、抱え続けてきた過去なのだろう。胸の奥底に沈めていた思いを、彼は少しずつ解き放つ。彼女たちは彼の言葉に静かに耳を傾け、共に進む。南米から東欧へ、長いながい旅路は、巻き戻れていく彼の人生に、ゆるやかに重なっていく。(ふと、韓国の秀作「ペパーミント・キャンディ」が思い出された。)
かつての我が家、そこに住んでいるはずの友。彼はそこに帰り着くことができるのか…。息を呑むラスト。音は一切なく、刻み込まれた深いしわとその奥の瞳、そして視線のみで語られる物語の豊かさに、胸がいっぱいになった。大きなスクリーンで存分に味わいたい、忘れがたい旅の映画だ。
映画のレビューを
初めて投稿した者ですが、
家(うち)とは、
生まれ育った家屋、場所、そこに居る人
という、
レビュータイトルを
つけてみました。
タイトル見ただけで
ネタバレなので、
マナー違反でしたかねぇ?