「それでも私たちは前にすすまなければならない」判決、ふたつの希望 bloodtrailさんの映画レビュー(感想・評価)
それでも私たちは前にすすまなければならない
予告を見た段階では、レバノンの対立と内戦の怨恨が社会に落とす翳を描いたもんだと。地勢的にも歴史的にも、あまりにも複雑すぎる「マイノリティの集合体を聖地の隣に作ってしまった不幸」を考えると、こんなラストとメッセージなど予想なんてできっこなかったです。思ってたよりも10の4乗倍も深かった。
今年の一番です。しかもダントツ。
脚本、役者さん、撮影、素晴らしかった。
ヤーセルは判決も近づいた日の夜ハンナの元を訪れます。およそ、知性と道徳心を置き忘れてきた、これまでの紳士的な元PLOの解放戦士とは思えない言葉を並べたて、ハンナの心を傷つけます。
低い右フックがヤーセルのストマックを捉える
すまなかった。ヤーセルの、謝罪の言葉を口にするきっかけの作り方は、あまりにも不器用すぎましたが、ハンナの要求してきた謝罪は、この瞬間に完了しました。
判決は、純粋に暴言と暴力の因果関係にのみ判断を下し、ヤーセルに無罪を言い渡します。国を分けた議論のきっかけを作った二人は、共に晴れやかな表情で建物を後にします。お互いに目配せしながら。
ダフードがベイルートから車でたった20分の距離であることや、難民キャンプからも一見普通に仕事に出かけていく生活なんて、知らなかった。シャティーラの虐殺も忘れるなよと、弁護士は釘をさします。あれは、小さくないけどね。
レバノン軍の党首がTVを通じてハンナに呼びかけた言葉がこの映画の主題です。
「それでも我々は、前に進まなければならない」
全員が加害者であり、全員が被害者の歴史を持つレバノンの未来は、恩讐の彼方にある。必ずしも、皆が手に手を取りあう必要はない。ただ全員が、それを乗り越えなければならない。
そんな映画。
劇としても良くできていたし、主題にも感動した。
この名作が埋もれてしまいそうになっていることを恐れています。少しだけ中東の歴史と情勢を知ってもらえれば、この作品の意義もわかると思う。単純な宗教対立なんかじゃないんです。レイシズムなど問題の表層に過ぎない。もっともっと深い傷を、双方が双方に残してきた歴史が、この映画の土台にはあります。もっと、多くの人に見て欲しいって心の底から思う映画です。
原題、侮辱の意味するところは、内戦に負け歴史の負の遺産を背負わされたことであり、武装勢力に家族同胞が殺害されたにもかかわらず、近隣国と欧米の介入圧力でそれらが有耶無耶にされていること。それらがレバノン人民の心底に沈殿し堆積していること、それ自体を指す。2人の男の間の話だけじゃ無いんだと思うですが、まぁ日本人には伝わらないんですね、思った以上に。
私達全員が、この侮辱を乗り越えなければならない。と言う主題も伝わってねぇーーー、びっくりするほど。