「世界を救う映画だと思える」判決、ふたつの希望 KinAさんの映画レビュー(感想・評価)
世界を救う映画だと思える
頑固者二人の些細な争いがレバノンの抱える問題を浮き彫りにし、国を巻き込む大騒動へ。
これは遠い国の遠い話ではなく、私たち自身の話だと感じた。
この映画があれば世界は救われるんじゃないかと本気で思わずにいられない。
序盤からトニーの極右思考に辟易とさせられるが、国は違えど私の中にも彼のような感情が無いとは言えないし理解できる。
同時にヤーセルの境遇と感情も痛いほど理解できて、もしあんな屈辱的な言葉をぶつけられたら私も殴りかかるだろうと思う。
起きた出来事を見れば同情を誘うのはヤーセルの方だし私も正しいと思うけれど、後に明かされる昔の苦悩が無くともトニーをどうしても完全に否定出来る気がしない自分がいることに気付いた。
弁護士が付いて裁判が再始動してからの、当人達の意図を超えた範囲まで話が広がり周りがどんどんヒートアップしていく様が非常にスリリング。
深掘りに深掘りを重ねて二人の過去と思惑の真相が紐解かれて見えてくると、新たな発見もあり新たに苦しむ人が現れて。
これに収集付けるのは不可能なんじゃないかと思えてくる。
判決ひとつで国の状況までもがガラッと変わりそうな事態、さてどんな複雑で深い判決の言葉が聞けるのだろうと身構えていたら「被告は無罪」という簡潔な判決の言葉に一瞬だけ拍子抜けした。
トニー側の周りの人間が怒るんじゃないかと、右思考の民衆が暴動を起こすんじゃないかと思ってしまったけど、判決を聞いた皆の反応を見てこれで良かったんだと思うことができた。
トニーがヤーセルの車を修理した時点、ヤーセルがトニーを煽り殴られた時点で二人の間では既に答えが出ていた。
極右思考のジジイだったワハビー弁護士が2ヶ月の裁判の中で二人の背景とレバノンの歴史を再度洗い直し、思考に変化が生じていた。
色々な人が色々な成長をしていて、双方が互いに望んでいた結果だったんだと気付いた。
観ている私も忘れていたけど、そういえばこれ元々個人同士の諍いの裁判だった。
最後に二人が目を合わせた時の表情がすごく良くかった。
好きなシーン、忘れられないシーンが沢山ある。
特に一番好きなのが、トニーがヤーセルの車を修理するシーン。二人の動作を対にした一連の動きでまず鳥肌が立ったし、その後のトニーの引き返しには涙が止まらなかった。
出頭前にヤーセルが職場仲間の人達に心配される場面も好き。あの一コマで彼の人柄をすぐに把握できる。
ヤーセルが「中国製の工具は使えない」と発言したとき「お前分かってるな」的にトニーがチラッと見る所も大好き。
レバノンの歴史、宗教や内戦、難民問題を特に調べないまま観た。
最初は下調べしておけば良かったと思ったけど、映画内で要点はしっかり把握できた。変に説明的にならず話の流れからすんなり入ってくる分かりやすい構造だった。
観ているうちに出てくる疑問にきちんと答えを示してくれるのも良かった。
どちらが正しいなんて答えの無いデリケートで難しい問題をここまでエンターテイメントに落としこんでくれているので、法廷劇とドラマを楽しみつつ自分の生き方や考え方を改めて見つめ直すことが出来る、非常に面白い映画だった。
日本でも世界中のどこでも起こり得る事件で、舞台はレバノンだけど終始かなり近くに感じていた。
あの後も国の状態がどうなるか分からないけれど、たしかにふたつの小さな希望を見つけられて良かった。
関係ないけど裁判官や弁護士たちの服装がお洒落で好き。
素晴らしい表現だと思います。“降りてきた”感がありますね。
一つ言い忘れていたことがありまして……
今年公開された映画で『スリー・ビルボード』が、本作に近い雰囲気をもっていると思います。
物語の舞台、作中で描かれている出来事やテーマは全く異なりますが、登場人物の多層的・多面的な描き方が共通していると思うのです。こちらでも、意外な登場人物の思いがけない変化に泣かされますよ。
また、リアルな人間模様が描かれているため、話がどう転がっていくのか全く予想できない、というところも似ています。
もし未見でしたら、ぜひご覧になってください。オススメです!
コメントにお返事いただき、ありがとうございました(^-^)
観終わってすぐ、この映画が世界を救うんだ!と熱く思ったのでそのまま表現してみました。
本当にそう思います。
私自身が政治的争いや差別に疎く、敢えて避けてきたこともあったのですがこの作品を観てハッとしました。
結局、国同士の大きな諍いも個人同士の小さなケンカも本質は同じであることも示しているのかなと思います。
エンターテイメントの王道で働いた経験があったからこそ出来た演出なのかもしれませんね!
私も映画というものの可能性に改めて感動して、ますます映画が好きになりました。
レビューから尋常ならざる熱量が伝わってきましたよ。「世界を救う映画」って素敵な表現ですね。私もこの映画には、そう信じるだけの価値があると思います。
「私のレビューも読みたい」とおっしゃっていただいて光栄ですが、なにぶん私は極端に筆が遅いもので……。申し訳ないです(-_-;)
差別や偏見をめぐる(まともな)議論が成立しにくいことの理由として、
「双方ともに過去に傷を抱えていて、“自分たちだって被害者なのに……”という意識をお互いにもっている」という背景が描かれているところが、本作の最もすごい点だと思います。
世界で起こっている大半の紛争や様々な対立の根っこには、こうした背景があるんじゃないかと思いました。
かなり序盤の方からストーリーに没頭していて、本作がレバノン映画だということは完全に忘れていました。ジアド・ドゥエイリ監督は、過去にはクエンティン・タランティーノ監督の『レザボア・ドッグス』や『パルプ・フィクション』にも、カメラ助手として携わった経歴があるそうですが、本作の“映画としての造り”は、ハリウッド映画と比べても全く遜色ないレベルだったと思います。
「骨太な社会派作品として成立させつつ、エンターテインメントとしてもめちゃくちゃ面白い」って、映画として一番難しいことだと思うのですが、それを達成している作品に出会うと、とても幸せな気持ちになりますね。そして「映画ってすげぇ……!」ってあらためて思います。
ありったけの思いを込めて文章入力しました!
そう言っていただけて嬉しいですけど、カツミレさんのレビューも読みたいのですが…笑
政治的背景による反発や 差別はどこでもありますが、 結局どちらにも言い分があるんですよね。
だからどうってわけではないのですが、この作品を観て改めて気付くし、各国の過激派な人たちに観て欲しい気もします。
トニーが愛しくなっちゃうのわかります!
そう、色々な人の色々な面を描いてくれるので最終的にみんな大好きです…
しっかり社会派なのにしっかりエンターテイメントとして王道な空気を持っているのがすごいですよね。しかもレバノン映画で!
みなさんの熱の入ったレビューを見て、もちろん期待はしていたのですが、その期待をはるかに上回る大傑作(社会派作品としてもエンターテインメントとしても)で、深く感動しました。そして映画の鑑賞後、KinAさんのレビューを読んで、もう一度感動。言いたかったことをほとんど書いてくださっているので、私はもう本作のレビューは書きません(笑)
なんと言ってもトニーがいいですね。差別発言を連発する彼に、最初はヤーセルと同じように「クズ野郎!」と言いたくなりましたが、彼がパレスチナ人に対して抱く反感の根っこに「自分(たち)こそが被害者の側だ」という意識があることが分かると、急に身近に感じられるようになりました。しかも、自分の中の信念を決定づけるような体験の記憶って、強烈で深刻だからこそ、封印してしまって見ないようにしているというのがすごくよく分かり、彼のことが愛しくてたまらなくなりました。
トニーに限らず、登場人物が多面的・多層的に描かれているところがとてもいいですね。ワハビー(父)弁護士の変化にも、静かに胸が熱くなりました。