「死の直後に、生きざまを見せる一匹の蚊」ウトヤ島、7月22日 Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
死の直後に、生きざまを見せる一匹の蚊
二度は見たくないが、一度は見るべき。まるでドキュメンタリーのような、これほど強烈なリアリズムはあるだろうか。
ノルウェーのウトヤ島で2011年7月22日に起きた無差別銃乱射事件を映画化したものである。日本人にとって2011年は東日本大震災があった年なので、記憶が薄いかもしれない。
たった一人の極右思想者が、同日に2つのテロを起こし77人を殺害したという、史上最悪の単独・短時間殺人事件である。
2011年7月22日、ノルウェーで2つのテロ事件が連続して起きた。ひとつは首都オスロの政府庁舎前での車爆弾で8名が死亡。続いて、オスロから40キロ離れたウトヤ島での銃乱射事件で69人が殺された。
本作は特にウトヤ島事件にフォーカスしている。ウトヤ島では、ノルウェー労働党青年部のサマーキャンプが開催されていた。
事件の発生から収束までの72分間を実時間でワンカット撮影、主人公を追いかけながら描き切っている。茶化すつもりはないが、"カメ止め"方式である。
我々は事件事故をニュースで知るとき、自身の体験や見聞で、その現場を推し量る。しかしテロの惨状や自然災害の規模を、伝聞で捉えるには限界がある。
"百聞は一見にしかず"は、映像の本質である。事実を記録し、世界に伝えるということは、映画作品の重要な役割のひとつだ。
ウトヤ島のキャンプ参加者は10代~20代の若者たち。島という、ある意味で"密室"に閉じ込められた状態。連続する銃声と叫び声、逃げ惑い、いま何が起きているのかわからない混乱と不安が延々と続く。
逃げる主人公たちとともに、ときにカメラも転び、泥だらけの顔をとらえる。
さらに偶然に起きた奇跡的なカットがある。目の前で命を落とした少女を抱えていた主人公の腕に、一匹の蚊がとまる。
普通なら蚊を叩くところだ。しかしレンズは、蚊が血を吸う瞬間をクローズアップする。いま目の前で人が死んだ。主人公はここで蚊を殺すかどうかをためらうかのように、なすがまま見つめる。生きざまを見せる一匹の蚊。まさに神が降りてきたカットだ。
本作のように、甚大な被害をもたらした事件を映画化するタイミングは実に難しい。早すぎても遅すぎても意味が変わる。
例えば、2001年の"9.11アメリカ同時多発テロ事件"が映画化されたのは、5年後の「ユナイテッド93」(2006)と、「ワールド・トレード・センター」(2006)である。
また、2013年の"ボストンマラソン爆弾テロ事件"は、3年後の「パトリオット・デイ」(2016)、5年後の「ボストン ストロング ダメな僕だから英雄になれた」(2018)で描かれた。
本作は事件から7年後の映画化である。さらにもうひとつ、"ウトヤ島事件"を別の角度から取り上げた、ポール・グリーングラス監督の「7月22日」もNETFLIX映画として配信されている。こちらは犯人像に迫る事件後の視点で描かれた。あわせて観ると事件の実像への理解が進む。
映像がリアルであればあるほど、被害者やその家族にとってつらく、公開には少なからず反対の声も出る。本作のノルウェーでも反対運動があったという。
日本でも、佐藤浩市と渡辺謙が主演する映画「Fukushima 50(フクシマフィフティ)」の製作がすすんでいる(来年公開)。これは東日本大震災時の福島第一原発事故を描いているが、映画化への英断を感じるとともに、きっと話題作となるだろう。
(2019/3/12/ヒューマントラストシネマ有楽町/ビスタ/字幕:北村広子)