「“日常の中にある美しさ”を静かに教えてくれる映画だ。」希望の灯り シモーニャさんの映画レビュー(感想・評価)
“日常の中にある美しさ”を静かに教えてくれる映画だ。
2018年のベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された『希望の灯り』は、旧東ドイツの人々の慎ましい人情味を、洗練された映像と音楽で丁寧にすくい上げた秀作である。
巨大スーパーマーケットの在庫管理係として働く人々の日常を描くという、一見地味な題材。しかし、その静けさの中に、再統一後の東ドイツが抱えた痛みと、そこで生きる人々の温かさが確かに息づいている。
冒頭のシーンは特に印象的だ。
夜のスーパーマーケットを舞台に、ヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」が流れ、フォークリフトがバレエのように滑らかに動く。
まるで『2001年宇宙の旅』のワンシーンを彷彿とさせるが、これは単なる模倣ではない。
キューブリックの壮大な宇宙を、インディーズ映画が“スーパーマーケット”という小宇宙に置き換えるという発想の鮮やかさに、思わず感心させられる。
作品は出演者も少なく、ロケーションも限られている。
しかし、その制約こそが、この映画に独特の個性と親密さを与えている。
淡々とした日常の中にふと現れる美しさや温かさ──それを見逃さずに拾い上げる監督の視線が、作品全体に静かな輝きを与えている。
物語の中心にいるのは、控えめで地味な男女ふたり。
派手な恋愛ではなく、言葉少なに寄り添うような関係性が描かれる。
その“控えめさ”こそが、逆に深い愛情を感じさせるロジックとして機能しており、観る者の心に静かに染み込んでいく。
日本語タイトルの『希望の灯り』はやや凡庸にも思えるが、作品の誠実さを考えると、このオーソドックスさも納得できる。
スーパーマーケットという整然とした倉庫のような空間を、詩的な小宇宙へと変貌させる映像の力。
そして、社会の片隅で小さな幸せを見つけながら生きる人々を、温かな眼差しで切り取る姿勢。
これこそが、この映画の最大の魅力である。
『希望の灯り』は、派手さとは無縁だが、
“日常の中にある美しさ”を静かに教えてくれる映画だ。
旧東ドイツの歴史を背景にしながらも、そこに生きる人々の優しさや誠実さが、観る者の心にそっと灯りをともす。
