「役者陣はとてもよかったのだが」こはく 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)
役者陣はとてもよかったのだが
エンクミがとてもいい。若い頃バラエティ番組に出演しているときから雰囲気のある女優さんだったが、ここにきて成熟味を増してきた。特にハスキーな声がいい。普段着のリアルな艶めかしさがある。本作品では女のやさしさに加えて母性愛が全開だ。流石に旦那が監督している作品だけあって、この女優のよさがすべて出ている。周防正行監督と草刈民代と同じである。
井浦新はこのところ映画でもテレビドラマでもよく見かける。達者な俳優で、最近では映画「止められるか、俺たちを」での若松孝二監督の役のエキセントリックな演技が秀逸だった。本作品では口数が少なく真面目に生きる男を好演。
アキラ100%には驚いた。自分に自信がなくて虚栄心とハッタリだけで生きているダメ男をうまいこと表現できていた。意外に存在感もあるし、役者としてなかなか面白い。次回作があれば試金石になりそうだ。
家族は近くて鬱陶しい存在である。鬱陶しさが限界まで高じると殺人事件に発展する。事実、日本国内の殺人事件の半数以上は親族の間で起きている。職場や学校で不愉快な出来事があっても帰宅して眠ればある程度は忘れることが出来る。しかし家庭にも問題があれば心が安まる暇がない。
本作品は家族の絆を描いたドラマである。エンクミの台詞「比べちゃうよね」に兄弟の悲しみが集約されている。父親がいない兄弟は、父親のいる子供と自分たちを比べてしまう。そして父親がいないことのメリットとデメリットを子供なりにぼんやり理解してきたことが窺える。しかし損得を超えた部分で父親のいない淋しさを抱え続けてきた。
子供の頃の淋しさは大人になってまで引き摺ることはない。しかし怒りや恨みの気持ちは何年経っても燻り続けることがある。SF作家の筒井康隆が、子供の頃に受けた理不尽な仕打ちを思い出して夜中に飛び起きて怒りに震えたことがあるといった意味の文章を書いていた。共感できる人は多いだろう。
本作品で製作者が表現したかったものが何なのか、よく解らない。何十年かぶりに父親に遭ったら殴ってしまうかもしれないと、恨みを覚えていた兄はそう考えていたが、実際に年老いた父親を目にすると、恨みも怒りもどこかへ消え去ってしまう。そういうところを描きたかったのだろうか。
しかしわだかまりはそんなに簡単に消えるものではない。複雑な気持ちのときは無表情になるはずだ。一方、父親とあまり関わらなかった弟は久しぶりに遭っても、こういう人なんだという感想はあっても涙は出ないだろう。登場人物はよく泣くが、観ているこちらはまったく泣けない。そういう映画の典型だった気がする。役者陣はとてもよかったのだが、製作者の思い入れが先行して、観ているこちらは置いてきぼりにされた感のある作品だった。