「家族のこれまでがどんなでも、家族のこれからはえぇ道が開かれている」焼肉ドラゴン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
家族のこれまでがどんなでも、家族のこれからはえぇ道が開かれている
『愛を乞うひと』『血と骨』の脚本家・鄭義信が、自身作・演出の舞台の映画化で初メガホン。
舞台も大変有名らしく、気になってた作品。
高度経済成長や万博で日本に活気が満ちていた1970年代。
関西のある集落で、小さな焼肉店“焼肉ホルモン”を営む在日韓国人一家。
まず、一家を紹介。
父・龍吉。
母・英順。
長女・静花。
次女・梨花。
三女・美花。
末の弟・時生。
この家族、全員が血が繋がってはいない。
父と母は再婚。
長女と次女は父の連れ子。
三女は母の連れ子。
末の弟のみ夫婦の間に産まれた子。
血は繋がってなくとも、時に本音でぶつかって喧嘩して、仲良く明るく暮らしている。
紛れもない、家族。
そんな家族の人柄に惹かれてか、店には毎日常連客が集う。
毎日のように何かが起こり、騒ぎ、賑やかな悲喜こもごもの日々。
よくよく騒ぎの渦中になるのは、年頃の娘たちの色恋沙汰。
長女・静花は不器用な韓国人とお付き合い。
次女・梨花は、ある男性と結婚するが、その男性・哲男は静花の幼馴染みで、まだ想いを絶ち切れていない。
ある時哲男は、静花への変わらぬ想いをぶちまけ…。
クラブで働く三女・美花。既婚者の支配人と不倫の関係。
ド、ドロドロ三姉妹…?
父母にもある悩みが。
普通の日本の学校に通う末の時生はいじめに遭い、精神不安定で失語症に。
店がある集落は国有地で、立ち退き勧告が何度も何度も。
家族皆、何かしら問題を抱えている。
姉妹それぞれの幸せ。
末の弟のいじめは、差別・偏見。
父は戦争で片腕と故郷を失い、母も故郷を…。
そんな悲しみ苦しみを背負った家族が一つになり、やっと見つけた地。やっと作った家。自分たちの居場所。自分の家族。
が、また不条理が襲う。
ある時、事件が。末の弟が…。
遂に立ち退きと取り壊しが決定。
この家族に、平穏な幸せは与えられないのか…?
いや、幸せはあった。
ぶつかり合う姉妹だが、すったもんだあって巡り合った各々の伴侶。
ヨリを戻したり、不倫の末ゴールインしたり…!
姉妹の仲も本音で言い合えるほど実は固い。
そんな娘たちを見守る父母のうるさくも温かい眼差し。
それらは平穏な幸せ以外何と言えよう。
実力派たちの豪華アンサンブルは極上肉。
男勝りのイメージがある真木よう子は控え目な長女を好演。
強気な次女を井上真央が熱演。
自由奔放な三女を桜庭ななみが快演。
時々騒ぎの発端となる哲男を大泉洋がシリアスに。
でも、キャストで何より特上肉だったのは、父母役の韓国人俳優、キム・サンホとイ・ジョンウン。
母イ・ジョンウンはかなり心配性で騒ぎが起こるとヒステリックに、「私、出て行きます!」と家をちょくちょく飛び出すが、必ず帰ってくるというお約束。肝っ玉母さん充分。
で、キム・サンホ演じる父。この父が、特上肉でも味わい深い。
お世辞にもハンサムなパパとは程遠く、頭も禿げ、汗油まみれで、小太り。
口数は少ないが、眼差しは優しく、温かく、深い。
自分の過去を語りつつ、今の生活や娘の幸せを願うシーンは、本作最高のハイライトと言えよう。どれほど目頭と胸を熱くさせられた事か。
ホント、このアボジ最高!助演賞モノ!
鄭監督の演出は確かに舞台的だが、温かさと笑いと熱さと悲しみとユーモア織り交ぜ、見せ切ってしまう。
店や集落のボロボロ美術も見事。
最後、家族は離れ離れに。
娘たちはそれぞれの人生を歩む。
次女たちは韓国へ。
三女は日本に留まるが、あちらの家庭に入る。
そして長女たちは…、あの国へ。この時代、“地上の楽園”と言われたあの国へ行くという事は…。
つまり最後の別れは、家族全員が最後に集った今生の別れかもしれない…。
母は言う。
離れ離れになっても繋がってる。
父は言う。
昨日がどんな日でも、明日はきっとえぇ日になる。
家族がこれまでどんな苦労を経験し、背負ってきたにせよ、家族は家族。
家族のこれからはきっと、えぇ道が開かれている。
あの時代は過去になり、あの場所ももう無くなった。
でも、あの家族は私たちの心の中に、ずっと忘れない。思い出す。
くう〜、すごくいいレビューですね。じ〜ん。
4姉弟それぞれの考え方や生き方に、共感することは少なかったのだけれど、その上で、本作全体には、激しく心を揺さぶられました。多様性の中での価値って、こういうことなのかな。