「愛した人の謎」彼が愛したケーキ職人 しろくまさんの映画レビュー(感想・評価)
愛した人の謎
複層的なテーマを持ち、飽きさせない。
ドイツ、ベルリンの菓子職人トーマスの店に来たイスラエルからの出張者のオーレンは恋人となる。しかしオーレンにはイスラエルに妻子がいた。そしてオーレンはイスラエルに帰国中に事故死してしまう。
トーマスは愛した人の面影を求めてイスラエルに行き、オーレンが遺した妻アナトの営むカフェに勤めることになる。
まず料理映画の側面。
劇中に登場するクッキー、ケーキ、パン、どれもが美味しそうだ。また、たびたび登場するイスラエル料理も興味深い。
美味しいものは、人を魅了する。
オーレンもアナトも、トーマスの作るクッキーやケーキを愛する。そのプロセスが切ない。オーレンは帰国するたびに手みやげにトーマスのクッキーを買っていた。だからアナトはトーマスのクッキーの味を知っている。アナトはトーマスのクッキーに夫の影を感じ、トーマスに惹かれていく。
LGBT映画として。
とりわけ、既婚ゲイについての言及にリアリティを感じられる。
サスペンス映画として。
アナトがいつ“真実”に気付くのか。そのことに冷や冷やしながら、観ることになる。
背景には歴史や宗教が横たわる。イスラエルではドイツ人は嫌われる。また、ユダヤ教の戒律による食のルール「コーシェル」は本作の重要なモチーフとなっている。
家族や近しい人が亡くなった後、弔問客などから、故人の意外な事実を知るということは珍しくない。「へえー、そんなことがあったの」、と。
死んだからこそ、謎は謎なのだ。
トーマスは、オーレンが語っていたアナトや息子のこと、さらには家族の意味などを知りたくてイスラエルまで行ったのだろう。
そしてラスト。今度はアナトがトーマスの中のオーレンに惹かれることになる。愛した人の謎は巡り、余韻を残しながら本作は幕を閉じる。