劇場公開日 2018年6月8日

  • 予告編を見る

「虐待を受けて育った私から見たら……」万引き家族 つきことさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0虐待を受けて育った私から見たら……

2018年6月29日
Androidアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

悲しい

難しい

たぶん、ごく普通に育った方達にはなんとも理解し難い姿でしょう。
この映画の主人公達を漠然と自分達とは全く違う人間だと思って見てるとよけい分からないと思います。

私は虐待を受けながら育ち、成人して家を出たあとも学歴の無さから低賃金の仕事にしか就けなかったりでなかなかうまく行かず無一文になったこともありました。
販売業の仕事した経験からあれほど憎んでいた万引きだってしちゃおうかと魔が差したことなんて何回もあったし他にもここでは書けないような事を考えていた。
だから罪を犯す人と普通の人に差なんて無くて誰だって道を踏み外してしまう可能性は充分にあることも、血の繋がった家族だからって素晴らしい絆があるわけでないこともこの時期の体験から学んでいた私は主人公たちの姿をすんなりと受け入れる事か出来ました。

じゃああの頃の私が実際一度も道を踏み外さず立ち直れたのは人に恵まれたからです。
この映画に出てきた駄菓子屋のおじいちゃんや、虐待されている少女を親から引き離した主人公たちのような人でした。

彼らは決して自己責任だと言って私を突き放さず、生活保護の申請も薦めてくれたし受給開始後も就活しやすいよう支援事業所も探してくれました。おかげで今は仕事も安定して生活保護も利用していません。
しかしそれでも平均より収入が低く、生育環境で一度開いてしまった差を埋めるのは容易ではないことも実感しています。

だから最初現代の貧困をテーマにしてるのかと思いこの映画を見たら貧困以外の社会問題をたくさん入れていて、驚くと同時に涙が止まらなかったんです。
そして救いのないラストで感極まって号泣。涙声を押し殺すのにだいぶエネルギー使った。

正直、万引きはそんなに関係ないと思えるほどメインの描写が重い。
大多数の人たちが気にしているであろう万引きで生計を立てるやり方は生活するに困るため商品が必要なものの、買うためのお金を合法的に得る手段が無い状況を分かりやすく描写するために出したのかもしれません。
これは教育格差によって学ぶ機会が乏しかったりすると普通になり得る状況です。就ける仕事の幅が狭まりますから。
なので社会問題が重なってしまった悲しい結果なんでしょう。弱者に厳しいと、追い詰められた弱者は道を踏み外して新たな被害者を出す可能性が高くなる。そうなると結局国民全員が損するというメッセージもあるんじゃないでしょうか。

あと主人公達の家が物でゴチャゴチャ散らかっているのに、裕福な家庭の家はすっきりシンプルにまとめられているのもリアル。貧しいゆえ満たされない心を物で補おうとしてしまったり、知識がないゆえ駄目な金の使い方して家が散らかるのは私も同じでした。

だけど難しいですね。
こういった社会問題に普段から気にかけていないと示唆するシーンに気づかぬまま「訳の分からない映画」で終わってしまう。
理解できたら理解できたで不快に感じてしまう人がいると思います。
今まで認めたくなくて見てみぬふりしていた世界を否応なく突きつけてくるんですから。

児童虐待。
障害者の風俗通い。障害者が抱える劣等感。自分は必要とされていないという絶望。
未成年の風俗の仕事。
学校に行けない子供。
貧困からの教育格差
血のつながった家族の絆は強い、という理想の家庭像を世間が押し付ける影で出てくる犠牲。
自活できるほど良い仕事に恵まれない大人。
少ない年金で孤独に暮らすお年寄り。

これらの問題を、注意して見ていないと気づかないくらいの自然さで物語にぶっ込んでます。

こうして運悪く社会から見捨てられてしまった人達になにか気にかけた事はあったか?
全部、本人の問題だ自業自得だと片付けて見てみぬふりしてこなかったか?
なのに、テレビやネットの中だけで伝えられる一部の情報だけで全部分かった気になって、「お母さんならそんなことしない。本当の家族はそんなんじゃない」と身勝手な決めつけでしかない事をあたかも正しい事かのように押し付けてこなかった?
それで、一人の幼い子供が虐待を受ける家庭にまた戻され、傷つけられ、充分な教育を受けられる機会に恵まれなくなったとしても「どうせ他の誰かが、政治がなんとかするでしょ」と他人事に思ってない?
一度ちゃんと考えてくれないか?これらの問題について。
……こんなことを静かに静かに伝えてくるような映画だと感じました。

じゃあどうすればいいの?という問いに答える存在が駄菓子屋のおじいちゃんなんだろうし、非合法的とはいえ虐待されてた女の子を親から引き離して助けた主人公達なんだろうし。

血がつながっていなくたってお金が無くたって一軒の家に集まって過ごす主人公達ののほうが本当の家族に見えるのがこの映画の肝かのかなと思いました。
家族というのは自然に出来るものではないという事なんでしょうか。

前述した虐待を受けて育った経験から
「冷めた肉親よりも優しい赤の他人」
「家族は自然になるものではなく、努力してするもの」
という考え方が元々ある私はこの描写を違和感なく受け入れられたけど、大多数の人にはやっぱりしっくり来ないんだろうな。
上映が終わったあと劇場の中で「なんかよく分からなかった」と戸惑う声がちらほら聞こえていたし、号泣してたのも私だけだった(笑)
まあごく普通の人生においてこんな生活は縁遠いものですからね…。本当にごく普通に育った人からしたら石油王の1日、みたいに非現実的だと思う。。でも現実なんです……これがまた気が滅入る。

観客達のこの「よく分からない」という反応もまたこの映画の一部に感じられて感慨深い。

でも誇張でもなんでもなくこの日本でもこんな人達がいます。皆が気づかないだけでこんな世界が本当にあります。
そんなことを映画にして多くの人達に伝えようとしたのだから是枝裕和監督はすごいですね。
そしてこの映画に込められた想いを感じ取ってカンヌ国際映画祭のパルムドールを授けたこの世界に希望を感じます。
この映画を作ってくれて感謝の気持ちさえあります。

私も他人事で済まさず困っている人達を助けられるよう常日頃から気をつけようと思います。
本当にありがとう。

つきこと
ユマウマさんのコメント
2020年1月11日

好きだから叩く?違う。
同じように、あなたの為を思って叩く?嫌なこと言う?違う。
好きだったら、ギューッと抱きしめるよね。
私も親や家族に散々サンドバックにされた。家から出ても、呪縛から逃れられず、もがく日々。
子を持って、ギューッとしてます。好きだから!
自分も、ギューッと…

ユマウマ
のんびりゆっくりさんのコメント
2019年11月21日

初めまして。3人兄妹の末っ子、6歳の時に母は他界しました。父子家庭は見事に一瞬で崩れさり一家心中の話を父が切り出した。夜中にあたしは寝ていた。兄は考えていた。姉はシクシク泣いていたらしい。兄は考え父にこう切り出した。ねえ、死ぬのまだ先ではダメ?僕、まだやりたい事あるんだけど、、、と。この子達にはまだ未来があると。父は再婚を考えた。そして、今ここにいられる。人生って、いろいろですね。😊

のんびりゆっくり
ikuchanさんのコメント
2019年8月18日

リンが一人遊びをしているところで、この先この子はどうなってしまうんだろうと、不憫で涙が込み上げてしまいました。そして、そこで映画は終わってしまう。見終わって、いまいち分からなくて、というか、じゃあ自分はこれからどうしたらいいのだろうと考えると、どうしたらよいか分からない。そこで、amazonレビューを読み始めたら、賛否両極端でしかもほとんどが、「映画としてどうか」に留まっていて、「あなたはこれからどうする」には行きつかず、他サイトのレビューを探していてあなた様に出会いました。胸打つレビュー書いてくれてありがとう。一番感銘を受けました。「困っている人がいたら(無関心ではなく)助ける」そのやさしさを持ちつつ、私、政治に関心を持つこと、大切と思いました。過去20年間で、先進国といわれる国の中で、実質賃金が下がっているのは、唯一日本だけ、他国は1.5~2倍近く増加。日本では消費税収と法人税の減額がほぼ同額。消費税を上げるのではなく、まずは法人税を元に戻し、累進課税を昭和の頃のレベルに戻すことが先だと思っています。多くの人の目が政治に向かわないと、この国の荒廃(格差)は止め難い。

ikuchan
talismanさんのコメント
2019年7月22日

私はあなたの言葉に号泣しました。

talisman
きりんさんのコメント
2019年7月6日

つきことさん
たったひとり、つきことさんの気持ちを汲み取ってくれたことだけでも是枝監督の仕事は成功だったですよね。

いまDVDを見終わったばかりで僕はまだ胸がいっぱいなので、自分のレビューは書けそうもありません。

我が両親は虐待されていた子どもたち二人を引きとって育てました。盗癖が直らずに施設がもて余していた男の子と新聞紙を食べて飢えをしのいでいた女の子です。
兄弟として、家族として、一緒に暮らした日々を思い出したのでいまはたくさんの思い出がこみ上げて絶句ですね。

「みんなが幸せに生きていけますように」と、是枝監督は祈っておられるのだろうなぁ。
その願いに賛同するスタッフ・出演者の渾身の集結にも胸が熱くなりました。

いまDVDのタイトル画面を流しながらこれを書いています。静かなピアノをバックにして映るスチール写真がとても良いですね。
レビュー読ませて頂いてありがとうございました。

きりん
Rosaさんのコメント
2019年4月21日

他の方も書かれているように、私もこの映画をまだ観ていませんが、このレビューを読んだだけで泣いてしまいました。是非、映画も観て、自分なりに考えたいと思います。レビューを書いて下さり、ありがとうございました。

Rosa
kaorukayさんのコメント
2019年1月19日

映画は未鑑賞ですが、素晴らしいレビューに読み入ってしまいました。

ご苦労されたことと存じますが、とても知性と愛情の深さを感じました。

ありがとうございます。

kaorukay
ゆみりん88さんのコメント
2018年9月20日

秀逸なレビューですね。
これまでこんな質のいいレビューは見たことがありません。
作品は未読で興味を持っていましたが、すぐ見たくなりました。
本質を捉えて映画の批評だけでなく、現代日本の目を背けたくなるような問題に直視させ、またその解決には何が必要なのかも考えさせられました。
敬服しました。
レビューを書いていただいてありがとう。

ゆみりん88
Marikoさんのコメント
2018年9月9日

素晴らしいレヴュー。
知性的で客観的で、頭の良い方ですよね、とても。
グッときました。

Mariko
やたべさんのコメント
2018年7月14日

素晴らしいレビュー。
関係者の方々も本望でしょう。
沢山の人に観て貰って、分からなかった事を持ち帰って、ゆっくりじっくり考えて貰いたいです。
もちろん僕も考え続けようと思います。

やたべ
海賊王さんのコメント
2018年7月4日

同じく虐待を受けてきました、そして望まれない子供とも生活を共に過ごしてた時期もありました、隠し子というだけで、本当の両親から愛情も注がれないで知人の家をたらい回しにされてる、この映画を見て、あの頃を思い出し泣きました、好きならぎゅーと抱きしめるという所で泣きました、好きなら叩くのも嘘悪いから叩くのも嘘、自分もそう思ってます

海賊王
michiruさんのコメント
2018年6月29日

はじめまして。
心が伝わる感想しっかり読ませていただきました。
素晴らしい言葉、ありがとうございました。
この作品は社会で見えない人たちを描いたという発言がありますが
実際は社会が見ようとしない人々、人間としてどこか線引きしている人々だと思います。
映画は自分の視界の外へと世界を拡げ、
関心を深めさせてくれる素晴らしいものですね。
その力を強く感じさせてくれる作品でした。

michiru