「無知による貧困の連鎖」万引き家族 REXさんの映画レビュー(感想・評価)
無知による貧困の連鎖
年金不正受給、児童虐待…今、日本が抱える問題を詰め込んだ作品。
私は父親が複数回離婚を繰り返し、継母に育てられました。
歳が近いので母というより歳の離れた従姉妹のような感覚でいましたが、結局一緒にいた年月が長いので、色々衝突はありましたが実母よりも心は通っています。
実母とは社会人になり一度暮らしましたが、互いに歩み寄りたいけど何を考えてるかわからないという手探り状態が続き、結局別々に暮らすほうが楽で、たまに食事する関係に戻りました。
だから、成長期に誰といるかは非常に影響します。その人と良好な関係なら、結局年月が長い方が家族になってしまうのです。
風邪ひいたときに作ってくれたお粥、夜更けまで一緒に遊んだオセロ、初潮でオロオロしてたときに教えてくれたこと、受験に合格したら泣いて喜んでくれたこと…一緒にいてくれた人が本当の家族になるのは自明の理です。
検察の言う「本当の母親の方がいいでしょう、産まなきゃ母親になれないんだから」なんて正論は通じないんです。
そして、優しさやいたわりだけで子供を育てられるというのも間違いです。
治たちは、りんと翔太から勉強の機会を奪ってしまっているのですから。
治たちはお金の上手な使い方も知りません。
初枝の年金六万(だったと思われます)と、二人で五万ずつ稼いだとしても16万はいくのではないでしょうか。家賃がかからないのですし、ほぼまるまる使えると思います。私は手取り20万くらいで家賃で三分の一はもってかれますから、光熱費など生活費抜くと下手したら彼らより自由なお金は少ない。
お酒を少し控え、お菓子などのジャンクフードを無駄に買わず、料理の仕方やレパートリーを増やしたり工夫すれば万引きもしなくてすみます。
翔太だって、図書館に行けばいくらでも本を読めるのに。無料のパソコン講座もあるし、子供は見学料が無料の施設もある。
しかしそういったことに頭が働かないのが、貧困による無知なのではないか。
治の「これ(万引き)しか教えられることがなかったんです」というセリフは胸に刺さります。
児童虐待に関して、りんの状態を近隣住人が通報しないことにも苛立ちを覚えます。
家庭内暴力を受けた信代が、「本当に好きだったらギュッとするんだよ」ってりんを抱きしめる場面もしみます。
ケイト・ブランシェットの言う「見えない人々」を生まないために、社会のセーフティーネットはどうあるべきかという問題を突きつけます。
初枝は自分の寂しさを埋める代わりに、彼らの受け皿になったのでしょう。彼女が浜辺で呟いたのは、きっと「ありがとうございました」なのではないでしょうか。
しかし、想像する以上の展開を見せなかったのも事実。監督の考える着地点というのを提示せず、世間で起きている事実をそのまま見せて放り投げている、という見方もできます。
解決できない問題をそのまま提示するのであれば、ドキュメンタリーでもいい。フィクションならではの、着地点を提示しなかったことに若干の不満も覚えます。
一家が離散したあとに実家に戻されたりんちゃんが死んでしまい、それが社会にどう波紋を投げかけるかというところまで描いても良かったのではないでしょうか。
あくまで「家族」のことだけを描きたかったのであれば、あのラストで良かったのでしょうけど、あまりに予想の範疇を越えずに「あー、もちろんそうなるよね、で?」という自分も少なからずいたのでした。
尋問中も彼らに心情を語らせすぎて、せっかく積み上げた〈演技の行間〉が台無しになりかけた。信代の「復讐したかったのかもね」というセリフは陳腐だったと、私は思います。
かりそめの家族の心のひだを丁寧に描写した、俳優陣の演技は(監督がそういう撮影手法をとったこともあり)非常に自然体で素晴らしいものでした。
日本のどこかにいるであろう人々を体現し、観客の心に社会へのわだかまりを芽生えさせたことは間違いないと思います。
カンヌ(西洋社会)はもしかしたら、これほど貧困に喘ぐ日本人の生活を見たことが見たことが無かったのではないでしょうか。
過去の受賞作をみても近年、貧困がキーワードになってます。貧困問題は、世界の共通認識なのだと改めて思います。
※余談
皆で隅田川の花火の音を聞いてるとき、初枝が「隅田川花火は毎年見にいってたけど土砂降りにあったからもういいわ」と言ったのは、樹木希林のアドリブかなと思ってニヤッとしてしまいました。
あの伝説の土砂降り生放送の時に、樹木希林もいましたもんね。
これだけ長いレビューが書けるのは、素晴らしいです。
ただ、日本で起こっているというより、世界で起こってる気がします。
ただ、あんないびつな家族が成り立つのは日本だけかも知れませんね…。
そして、余計なことかも知れませんが、合計16万円ですよね?