「刹那、その愛、狂おしいほどに…」人魚の眠る家 野々原 ポコタさんの映画レビュー(感想・評価)
刹那、その愛、狂おしいほどに…
たとえこの幸せが刹那のものであろうとも
だからこそ、今を、この瞬間を生きる…
かつてのわたしなら、観ることをためらったであろう作品。
たとえ意思の疎通ができなくても、
言葉を交わさずとも、お互いに【心と体】が引き合ったり
サインを発しあったりする事があります。
それは日頃気にしていないにしろ
生き物には本来備わっている感覚なのだと思います。
そして時に、思考や理屈を越えた “なにか” がヒトを突き動かす衝動に変わり
他人はもちろん自分でも分からない行動に及ぶ、それを【本能】と言うのだろう。
篠原涼子さん演じる母親が娘の死を受け止めることをせず
たとえ見せかけだけの〈生の執着〉にすがったのは
はたして【母性本能】なのか、それとも【ワガママ】なのか…
本作『人魚の眠る家』の主要人物たちはいわゆる「ブルジョア階層」で
まぁ、お金持ち!
映画の見せ方で言うのなら、財力あっての延命処置であり
また手足を動かせる技術の持続につながっているのだから
最初わたしは、やっぱり【ワガママ】な部分を感じていました。
でも終盤に進むにつれ、事件の真相が明らかになり
母親も感情を出し切り、気持ちの整理ができた段階にきての
『もう、いくのね…』
『おかあさん、ありがとう。うれしかったよ…』
のシーン。もうわたし号泣!!
最後はやっぱり【心と体】がもたらした【母性本能】
だったんだなぁと思いました。
あと、オープニングからアバンタイトルのシークエンスが
ラストシーンへとつながるところ、古典ではなくむしろ様式美
であるとわたし個人は強く思うのでありました。
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さて、今回はいつも以上にさらに語らして!
パーソナルな部分と個人的見解。
毎度のことながら、ほかの作品から引用させて下さい。
わたしは作家〈上橋菜穂子さん〉が好きで、ほんとうに好きで
著書『獣の奏者』の文庫版が発刊された際
すぐに手に取り書を読み進めました。
ですが後半、つらくて読むのをやめてしまいました。
なぜならば、本書の主人公の女性が戒律を破ってでも
真実を追い求める過程で、亡き母の残した足跡をたどるうちに
徐々に母のその思いを知っていく…
という物語の構造がとても悲しすぎたからです…
そして本作『人魚の眠る家』では、娘を思う母の視点で描いていますが
【母と娘】との関係性のカウンターとして『獣の奏者』とを重ね合わせて
わたしは観てしまいました。
母と娘と、さらにその子供という世代を超えた【思い】はきっと
つながっていく。いや、つなげなければいけない。
それは長く連綿と続く生命の営みなのだから…
だからわたしは【もうひとりの母】松坂慶子さんもすごく不憫に思い観ていました。
そして本件に関わった、これから母になるであろう川栄李奈さん演じる女性も
すでに母親になる覚悟がすわったから彼氏、坂口健太郎をゆるし「おかえり…」
と声を掛けたのかもしれません。
最後のカット、かつてあった『人魚の眠る家』が空き地になっていたのが
皮肉にも悲しかったなぁ…
さて、ここで言う【人魚】とは数々の伝記から想起される
個人の《永遠の生命》ではなく
ヒトからヒトヘの《普遍的な生命》のイメージなのだと
ラストの少年が教えてくれた気がしました。
2018/11/29 劇場にて鑑賞