「作り手の誠実さが伝わってくる」人魚の眠る家 琥珀さんの映画レビュー(感想・評価)
作り手の誠実さが伝わってくる
【脳死と臓器移植について】
(周辺知識があった方がより深く楽しめますので余計なお世話かもしれませんが書かせていただきました。自分も知人に色々と教えてもらってから鑑賞しました。間違いがあればすべて私の責任です。)
脳死という概念は、大雑把に言えば心臓移植を法的に可能な医療行為とするために作られた。心臓移植は心臓が拍動しているうちに行なわなければならず、心臓死しか認められていなければ、心臓外科医は心臓を取り出した時点で殺人罪に問われるからだ。しかしながら、いまだ多くの日本人にとっては心臓死以外の死は受け入れ難く、「息の根の止まっていない」人を死んだと告げられても生理的に実感できない。
一般的に欧米では、脳死が疑われる場合に家族等の同意なしに脳死判定が行われ、脳死と判定されればその時点で「死」であると認知されるらしい。従って、臓器提供の判断は客観的な「死」を受け入れてから行なうことになる。ところが日本では、臓器提供の意思がある場合に初めて脳死判定を受けるか否かを選択することになるわけで、時間が経過して心臓が止まるのを待つか、臓器提供を前提に脳死判定による死亡宣告を受けるかどうかを患者側家族が選ばなくてはならない。そんな前提において、臓器提供どうしますか?と尋ねられたら、心臓死を選択した場合、どこかで助かっていたかもしれない移植待ちの人の生き延びるチャンスがひとつ減ることになるのか、と命の重さを天秤にかけるような想像をして重い気持ちになるのが、いたたまれない。
アメリカで移植待ちをすると億単位の資金が必要となるのは人工呼吸器等の医療機器を付帯かつ医療スタッフが同行しての空輸、その他現地での諸々の費用が嵩むためだそうです。
【映画について】
この作品は、原作および原作ファンに対して、とても大切にかつ丁寧に取り組んで作られたように思います。
原作の中の重要なテーマや要素をとても丹念に拾い上げ、それを2時間で収めるために筋立てを再構成、それでいて登場人物が持つ情念や狂気は決して疎かにせず描いていました。
描き切った、などとは申しません。朗読者と街頭募金の章も大幅に改変・改編されていましたし、田中哲司演ずる進藤先生の冷徹で暖かい優しさもあと一歩物足らない感じもしましたが、適当に端折られたという部分はなかったと思います。
同じ東野圭吾さん原作でも『ラプラスの魔女』で露見した不誠実な手抜きとは対照的で、誠意ある良心的な映画作りの姿勢が伝わってきました。