劇場公開日 2019年3月8日

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「ドメスティックノワールってなんだろ」シンプル・フェイバー 津次郎さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0ドメスティックノワールってなんだろ

2020年7月11日
PCから投稿

ハイヒールにスーツ。チョッキに提鎖。シックなソフトをかぶって、全身が青い。スーツを脱ぐとYシャツは着ておらずダミー袖にダミー襟。さながら男装のストリッパー。すらりとした腕や胸元が露わになる。
ブレイクライブリーの登場場面がかっこよかった。

語尾のだらしない英語。芯が太く毒舌。駄々る子にI let you tear my labia as you exited my body.(あんたが出るときわたしのあそこを裂いたのよ)。
被服業界の広報で富者、ポルシェに豪邸、男相関図は百戦錬磨、昼間からマティーニ。

金満で奔放な母親キャラクターだが、ディティールが備わっている。まして現実にその風合いをもったブレイクライブリーが演じている。キャラクタライズってのはこうやるもんだ。みたいな度ハマり。

対するアナケンドリックも冒頭の僅かな描写でいけてない母親を体現する。
目立ちまくる参加意欲。スベりまくる発言。小柄と西松屋でついで買いしたような原色服。淡カーキのスバルCrosstrek。事故で旦那と身内を失っている。
自身のママ友向けブロードキャスト配信でエミリー(ブレイクライブリー)の失踪を概説する体で、映画は遡行スタートする。

ステファニー(アナケンドリック)の独自捜査が始まると映画は面白さが加速する。
そして謎めく。

どこにでも入り、誰にでも取り入る──ことができるステファニー。無害きわまりない聖人顔のアナケンドリックが真価を発揮し、一枚一枚謎が剥がれる。
と同時に、さかのぼって事の真相カットが挿入される。
どんな人だったのか、なにがしたいのか。
スリリング。

その語り口に、過去文学の遺産があらわれる。
おそらく英語圏の知的層には宝庫のようなラインになっているのだろうと想像できる。

あまりないことだが映画を見て、小説が読みたくなった。
小説は『英米ミステリ界を席捲するドメスティック・ノワールの真骨頂』と紹介されていた。

非読書家のわたしにはドメスティックノワールが何のことか解らないが、小説も映画もクライムストーリーでありながら、ずっとポップ。パトリシアハイスミスの孫娘が書いた──の肌感。欺し合いの応酬も、シリアスへ沈まずに諧謔的。楽しい話になっている。

映像化には、原作にないことの肉付けと、原作にあることの間引きがあった。
筋書きにも性格にも改変、加描、端折りがある。
そのドラスチックな翻案。
Darcey Bell作というより脚本のJessica Sharzer作とも言える。
映画の発展は原作者の融通にもある──がよく解る仕上がりだった。

ところで男装に見惚れるものの、ラスト、New Blackを着たエミリーがいちばん似合っていたかもしれない。ライブリーは案外器用なひとで品を作ってもグレてもいけることがよく分かった。

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津次郎