「上質の衣を纏ったコメディ」ファントム・スレッド masakingさんの映画レビュー(感想・評価)
上質の衣を纏ったコメディ
ポール・トーマス・アンダーソン監督の作品の中で、最も笑えた作品だった。
本作を限りに引退したダニエル・デイ・ルイス演じるウッドコックの偏執ぶりは、これまで鑑賞してきた映画の登場人物としては珍しいほどに自分との共通点があり、アルマが対抗すればするほどに、ウッドコック目線で拳を握りながら応援していた。
自分も、集中している状態で話しかけられると、それが上司であってもイラっとした態度を表してしまうし、電話中に横から口を挟まれるのも、家族が廊下を歩く音やドアを閉める音を立てるのも(おそらくなんらかの軽い障害があるだろうと思われるほど)苦手なことが多い。
何か嫌味を言われたり、主張に対する反論を食らったりすると、相手が「参った」するまでやり込めてしまうこともしばしばである。
だから、あの朝食の場面で繰り返される攻防は、本当によく分かるのだ。
終末で、静かに、穏やかに、しかしかなりの粘着性を持ってアルマに屈して行くさまに、自嘲と敬愛の気持ちがないまぜになりながら、笑わざるを得なかった。しかし、決して不快ではなく、なんかもうしょーがねーなー!という感じで笑ってしまった。
この時、ウッドコックの変質ぶりにばかり目が行っていたが、実はアルマこそがそれを上回る偏執狂なのだと気付かされたからだ。
やり過ぎてしまった者同士の、実に上質なイニシアチブの取り合いコメディ。アンダーソン監督がそれを狙っていたかどうかは別にして、映像美だけの映像作家ではないことを証明するに十分な作品だった。
「マイ・ビューティフル・ランドレット」以来、リアルタイムで長い付き合いとなった名優との別れとしてはややさみしい感じはしたが、きっと自伝的な本作での幕引きは、本望だったんだろうな。ありがとうございました。