「『貴方には無力で倒れていて欲しい』」ファントム・スレッド いぱねまさんの映画レビュー(感想・評価)
『貴方には無力で倒れていて欲しい』
イギリスらしいゴシックでアイロニカル、叙情的作品である。色々な状況説明も、さりげなく映像に織込まれ(舞台はロンドンという説明も服のタグに刺繍してあるところもグッドセンス)、きちんと伏線も回収してくるので、まるで映画そのものが、この主人公の人格を象徴していうような感じさえ思えてくる。
題名からいうと、『幽霊の糸』が直訳だが、ネット用語だと“スレッド”は掲示板上のスレッド内の投稿に関わる返信が続いていくことでスレッドが形成されるというのが説明で、そういう意味では幽霊との“会話“というのがそんなに遠くない異訳なのかもしれない。
ストーリーは、完璧主義を貫くちょい悪ハンサム親父が、偶然知り合ったウェイトレスに亡き母親の面影を感じ、一緒にすむことになるのだが、この親父は自分のペースに併せない女を次々と棄ててゆくという困った男であり、同じ轍を踏みたくないそのウェイトレスがかなりぶっ飛んだ危険なアイデアを実行に移し、しかしその“死亡遊戯”に、男が引きづり堕とされるという、M転させられる筋書きである。確かにこの完璧な男の人生観を反転させるには、命を掛けなければならない覚悟は、充分感じ取られる。しかし、そんな覚悟そのものよりもこの女のファムファタール振りの方が極めて前面にでている。そんな女だからこそ男は知っていても敢えてその罠にはまりにいく『誘い受け』みたいなものかもしれない。何度も殺され掛け、そのたびに母親の幽霊と邂逅するのだとしたら、正にこの女は三途の川を渡す、さしずめ“ケイローン”なのだろうか。そういう意味でも、この二人は正に共犯なのである。ということを、仕立て屋の清楚にして職人の張り詰めた独特感をベースにしているからこそのサスペンスとしての白眉を演出させているのである。勿論、主人公、そしてヒロインの演技は言うことがない程、称賛である。『ドレスに勇気づけられる』『私が膨らみを作る』等々、台詞の深い意味合いやとんちも又、今作品に彩りを加えている。一つとして欠けることがない物語性に、プロフェッショナルをみせて頂いた。
このタイトロープのヒリヒリ感に脱帽である。