劇場公開日 2018年5月26日

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「ひとつの愛のかたち」ファントム・スレッド 耶馬英彦さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5ひとつの愛のかたち

2018年6月8日
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鑑賞方法:映画館

 主演女優は「マルクス エンゲルス」で主人公カール・マルクスの妻を演じたビッキー・クリープスである。マルクスのよき理解者であり優しい妻である女性を好演していた。本作品では女の強さと優しさに加え、女の業とでも言うべきおどろおどろしさも表現している。
 主人公アルマは伏し目がちの目、声を張らない喋り方、ゆっくりとした動作、はにかむような笑顔など、女の魅力満載だが、一方で強固な姉弟関係に割り込んで自分の居場所を確保する強引さ、強かさも持っている。神経質で気難しいデザイナーは、もともと線が細くてまったく彼女に太刀打ちできない。
 それにしても原題の「Phantom Thread」はどういう意味なのだろうか。翻訳し難いので邦題も「ファントム・スレッド」になったと思われるが、直訳に近い「運命の赤い糸」でいいのではないか。見えない糸で結ばれた二人。サドとマゾ、破れ鍋に綴じ蓋など、あまりいい意味ではない言葉がぴったりの二人。そういう愛のかたちはこの世にたしかに存在する。
 映画は、たとえ周囲がどう考えようとも当人たちが幸せならそれでいいのだと力強く肯定しているように感じられる。常識人としての姉の存在が効果的だ。
 ダニエル・デイ・ルイスはスピルバーグ監督の「リンカーン」での力強い演技が印象的だが、本作ではひとりの女に心を乱されていく情けない男を見事に演じ切った。クリープスとの掛け合いは相手を説得しようというよりも主導権争いに見える。破局するかのようだが、それでも互いから目が離せない。見えない糸に結ばれているかのようだ。最後まで観て、タイトルの意味を考えて漸く納得した。

耶馬英彦