「オール・ザ・キングス・マネー 【本文修正】」ゲティ家の身代金 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
オール・ザ・キングス・マネー 【本文修正】
'73年に実際に起きた誘拐事件をリドリー・スコット監督が映画化したサスペンススリラー。
石油等で財を成した実業家ジャン・ポール・ゲティ。その17歳になる孫が誘拐される事件が発生。
※同姓同名でややこしいので本レビューでは祖父を主に老ゲティ、孫をポールと表記する。
誘拐犯はポールの母親であるゲイルに1700万ドルを要求し、ゲイルは義父である老ゲティに
身代金の工面を懇願するが、老ゲティはマスコミを通して「一銭も払わない」と宣言。
ゲイルは、老ゲティに雇われた元CIAの探偵チェイスと共に、息子を救出しようと奔走する。
...
実業家ジャン・ポール・ゲティは史上初めて個人資産が5億ドルを超えた人物
ということで、当時における、正真正銘、世界一の大富豪だったそうな。
しかし映画で描写される彼の倹約ぶりは、“世界一の大富豪”にしてはあまりにみみっちい。
電話代節約のため自宅に公衆電話を置いたり、ホテルの洗濯代5ドルを渋って自ら衣服を洗ったり……。
まあそこまでなら「ドケチ!」と呼べば済む話かもだが、あろうことか彼は人の命を、
それも、血を分けた自分の孫の命をも値切ろうと企てる。
老ゲティは、自分の損得が絡まない限り決して動かない。
身代金交渉の場でも、それをだしにゲイルから親権を取り上げようとしたり、
身代金に発生する税金を渋ったり、怒りを通り越して呆れかえるほどの守銭奴ぶり。
「一度払えば他の孫が誘拐される」というのは冷静な道理と言えなくもないが、
孫の誘拐を聞かされた時も株価の書かれたバカ長い電報を読むのに夢中だったり、
身代金は一切出さないが美術品にはあっさり数百万ドルを支払ったり、
常人とは価値観が違い過ぎるというか、いや、ほとんど狂っている。
(最終的に老ゲティが支払ったのは290万ドル。
これは、所得税が控除される最大限度額の220万ドルと、
息子に年4%で貸し付けた70万ドルの合計額だそうな。)
遅々として進まない交渉の間、孫のポールの置かれた状況は刻一刻と悪化。
マフィアに売られるわ耳を削ぎ落されるわ、ちょっとした地獄巡りの様相。
監禁場所からの逃亡シーンや、最後の市街逃走劇なんて心臓バックバク!
この辺りはさすがにフィクションだとは思うのだが、闇の深い映像とキレの
良い演出で、ゾクゾクするほどサスペンスフルな見せ場に仕上がっていた。
最後は誘拐犯チンクアンタが危険を顧みずにポールを救うが――
なんというか……ゲイルを除き、血の繋がった家族よりも赤の他人の方がポールのことを
心配していたというのは……温かい気持ちにもなるが、反面やるせない気持ちにもなる。
...
近年のR・スコット監督作では、王のように権威を振るう人間が個人を蹂躙する構図がよく見られる。
今回の老ゲティとゲイルの関係性もそうだ。
壮麗な遺跡を歩きながら、ゲティは自分がローマ皇帝ハドリアヌスの生まれ変わりだと語る。
有り余るほどの金、その金に裏打ちされた絶大な権力。それでもなお止まぬ、金への執着。
そりゃ、僕も到底金持ちとは言えない身分なので、大金は欲しい。家族が一生 衣食住を
心配せずに済むくらいの金が転がり込んでこないかと考えることは往々にしてある。
だが、家族すら信用できず心の安寧を失うほどの金なんて、
自分や家族や大事な人を幸せにする為に使えない金なんて、
そんなものにいったい何の価値がある?
本当に信頼できるのは金と物だけ。
愛する息子や孫さえも所有物としてしか扱えず、
他人の行動すべてが利益目当ての打算に映る。
それってどれほど孤独で虚しい人生だろう。
広く暗い屋敷を彷徨い、親子の温もりにすがるかのように、
聖母マリアとその赤ん坊の絵にしがみ付いたまま息絶えた老王ゲティ。
救いようがないほどに強欲で傲慢な人間だったとは思うのだが――
どうしてもっと普通に家族を愛せなかったのかと、堪らなく悲しくなった。
...
物語の最後、古の王達の胸像と並べられるように置かれた老ゲティの胸像。
怒りとも恐怖ともつかない表情で、その亡霊のように真っ黒な顔を見つめるゲイル。
己が王であると信じた男の底知れない強欲と傲慢に背筋が冷たくなる、見事なラスト。
監督特有の、陰影の締まった美しい映像、そしてキレのあるサスペンス演出の数々、
壮麗なのに奇妙に滑稽なゲティを表すかのような、重厚かつ軽妙なスコア、
C・プラマー、M・ウィリアムズ、M・ウォールバーグら主演陣のパワフルな演技……
メチャクチャ面白かったです。大満足の4.0判定で。
<2018.05.26鑑賞>
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長い余談:
老ゲティ役は元々ケビン・スペイシーが特殊メイクで演じ、映画も完成していたそうだが
(彼の登場する予告編もある)、件のセクハラ騒動を受け降板。本作の公開が危ぶまれるも、
公開1ヵ月前にC・プラマーを代役に立て、9日間で再撮影して上映にこぎつけたというから、
R・スコットはじめスタッフ一同プロ根性がハンパ無い。おまけにプラマーは
アカデミー賞助演男優賞にノミネートまでされたのだから恐れ入る。
実は個人的にC・プラマーがメチャクチャ好きなので結果オーライだったりするのだが……
私生活に問題があるとしてもK・スペイシー自身は優れた俳優だと思うので、
彼のバージョンもいつか観られるなら観てみたいものである。
K・スペイシーに対する非難の嵐はメディアでも取り沙汰されたが、本作の追加撮影では
M・ウォールバーグとM・ウィリアムズのギャラ格差も槍玉に上げられた。
某記事によると、ウィリアムズとウォールバーグの芸能事務所は同じなのだが、
ウォールバーグの契約の方には「共演者を選ぶ権利」なる要綱が含まれていたそうで、
ウォールバーグの代理人がこれを盾に再撮影のギャラ100万ドルを要求したという話らしい。
ウォールバーグ自身はこの件が取り沙汰されるまで事情を知らず「とても気まずい
思いだった」と語ったそうな。(その後ギャラ分を寄付に使ったのは周知の通り)
まあ彼が本当に関わっていなかったかどうかは僕には知る由も無い訳だが、
ギャラは役者ひとりに支払われるものではないし、役者自身が決めるものでもないので、
これはさもありなんといった話ではある。そうだとしたら、彼にとっては気の毒な話。
セクハラ/パワハラ/不当な格差は大いに問題だと思うが、
それをどこまで作品と切り離して考えるかというのは悩ましい点。
自分はなるべく切り離す方向で、点数を付ける人間なのでご了承されたし。