「最も現実的な「終末」」ラブレス nagiさんの映画レビュー(感想・評価)
最も現実的な「終末」
荒廃した社会主義社会は、色の無い凍てついた世界だ。効率性を重視した均質で無個性なアパートに住む彼らは(登場人物全員)誰も本当の意味での愛情を持ち合わせていない。
SNSに取り憑かれ、自らにしか興味を抱けないアバズレ(もはや母ではない)。
禁欲主義の教条と矛盾する女癖の悪い男は自分自身の保身のことばかり考えている事勿れ主義で、非人間的な日常を機械的に送っている。
警察は忙しさにかまけて親身に相談してくれない。ボランティア団体は、自己陶酔の偽善者集団だ。学校の先生は捜査に対する面倒臭さを心に秘め、会社の同僚は本当かも分からない無意味な冗談を言うだけの人間だ。
世界の荒廃を描いたディストピア作品は、数多くあるが、この作品もある意味で「終末の瞬間」を描いた作品といえる。愛のない世界で待ち受けるは形だけの幸福と虚無感だ。マヤ暦の終末は既に到来していたとでも言うのだろうか。
社会主義国のロシアにおいては非人間性がもたらす世界の終末が容易に想像できるが、人間社会の荒廃とは世に蔓延る紛争や内戦だけではない。インターネットがますます普及し、更に合理性が追求されるようになる社会において、それは人間を内部から蝕む。これは全く他人事ではなく、ディストピア映画では最も現実的で、ロシアに限った話ではなく、今すぐにでも起こり得るのが恐ろしい。
最も人間的な人物が、何の趣味もない息子、或いは自らの家というシェルターに閉じ籠った祖母だった事は現代社会に対する冷徹な皮肉だ。
ラストでは、息子を失った(か否かは最早どうでも良く)彼らが心のどこかで無意識に不幸から目を背けてしまう様子が描かれるが、それは、子供の死をもってはじめてほんの少しだけ人間性を取り戻したという希望なのだろうか。