「『どこかピントが外れてモヤモヤしている』」ホーンテッドテンプル 顔のない男の記録 瀬雨伊府 琴さんの映画レビュー(感想・評価)
『どこかピントが外れてモヤモヤしている』
自宅にて鑑賞。日・米合作、原題"Temple"。廃寺に纏わる因縁めいたミステリー仕立てのホラー。時折、POVめいた映像を挟み乍ら進行する。全篇振り返ると、詰めが甘く、細部の設定や展開がモヤモヤした儘に終了した印象で、ストーリーも意外性が乏しく、よくある廃墟を廃寺に置き換えただけに思え、魅力的では無かった。石切り場に戻るラストも蛇足的。狐女の様なクリーチャーは一瞬だけの登場だったが、魅力的な造形ではあるものの指が長いのは違和感があった。80分にも満たないごくごく短い尺だったが退屈してしまった。35/100点。
・オープニングクレジット、アルファベットの名前の背景に一文字ずつ。「霊」 「恐」 「狂」 「恐」 「呪」 「死」 「怪」 「狐」 「怪」 「呪」と(恐らくこの順に)漢字が重ねられており、二度使われているのもあったが、漢字好きな日本贔屓を狙った様に思えた(タイトルには「寺」を重ねて欲しかった気もする)。
・都会の喧騒に裏日本とも云うべき寂れた寒村とのメリハリを附けた構成に尺八等の和楽器を用いたBGMが使用されており、西洋人の“通”が好みそうな和が映し出されており、田澤大和演じる“セイタ”の正体や事件の真相も西洋人が好みそうである。ストーリーは一作目の『呪怨('99・映画版;'02・ハリウッド版THE JUON:'04)』にどこか似た印象を持った。子供達の囁きやわらべ歌めいたSEは、韓国のホラーっぽかった。
・ただいちゃつくだけの嫌な奴にしか写らなかった“ジェイムズ”のB.T.スクリナー、栃木で何をしていたのだろうか。後半、切れた筈の懐中電灯持って助け出すと飛び出す“ケイト・トーマス”のN.ワーナー、ワイルドな顔立ちは好みが分かれそう。“クリストファー(クリス)”のL.ハフマン、J.ギレンホールを髣髴させる笑顔と面影があった。難しい言語に対し、頑張っていたのは認めるが、日本語が堪能な役柄通りには見えなかった。藤田宗久の“ヒトシ”は何を見て、眼を抉った(抉られた?)のか判らないし、呪われた者が揃って眼を潰される意味やそもそも寺と眼にどんな因縁や関連があるのかも不明である。廃寺の目印となる像も西洋風女神像の様で、日本の物とは思えなかった。日米合作と云う事で、エンドロールを眺める限り、日本側からも沢山のキャストやスタッフが参加している様だが、もう少しどうにかならなかったのか残念である。
・ロケの大半は、山梨県赤沢村で行われ、全ての撮影は僅か16日で撮り終えたらしい。
・ドンッと構えた“リョウ”教授(刑事?)役の竹中直人は流石の存在感と演技で、この方の振り幅には恐れ入ってしまう。そして端役ながら村で蜜柑を使い“ヒトシ”の逸話聴かせる老人役の十貫寺梅軒が説得力ある印象深い演技だった。
・鑑賞日:2018年3月4日(日)