「若者の視点で見つめた、大人たちの青春」さよなら、僕のマンハッタン 天秤座ルネッサンスさんの映画レビュー(感想・評価)
若者の視点で見つめた、大人たちの青春
NYに生まれ育ち、「NYもすっかり変わってしまった」と嘆く大人たちに交じって談笑する青年トーマスは、きっと生まれてからずっとNYを見続けて、NYを知り尽くしたつもりになっていたのだろう。そして自分を育ててくれた両親のことも。しかし彼はまだ若すぎて、自分の知っているNYだけがNYだと思ってしまう。自分の見てきた世界、自分の見てきた両親、そして自分の見てきた自分だけが、真実だとついつい考えてしまう。時が経てばそんな考えはまったくの思い違いだということが分かるようになる。トーマスはこの映画を通じて、そのスタート地点に立つ。
父親の不倫も母親のこころの病も、トーマスは知っている。しかし知っているだけで理解はしていない。だから、トーマスにとって正しいと思うことをすると、その無邪気な行動が大人たちを無意味に傷つけてしまったりする。その責任を負うことなどトーマスには到底出来もしないのに。父親と不倫相手を別れさせようとするのは、息子として自然なことのように思えるけれど、事はそこまで簡単じゃない。それがまだトーマスには分からない。若さは瑞々しくて輝いて見えるけれど、それは愚かしさを愛おしむことと似ている。父の不倫相手(ケイト・ベッキンセールが好演!)と寝てしまったり、片想いの君の複雑な女心も読み取れないトーマスは、とにかくまだ若い。若くて愚かしいが、だからこそ愛おしい。ジェフ・ブリッジス扮するW.F.も同じような気持ちでトーマスを観ていたのではないだろうか。
トーマスはこの映画を通じて、自分の知っていたことや自分の見てきたものが必ずしも真実ではない、という事実を次々に突き付けられていく。W.F.が書いた小説には、トーマスの知らないNY、トーマスの知らない両親、そして自分自身ですら理解していなかったトーマスの姿があったに違いない。そしてそういった体験を経て、自我が自己からはみ出して客体としての自己を知っていく。ティーンエイジよりもう少し大人になった時に経験する、とても健全な成長の姿をこの映画に見た。
父親の不倫相手との三角関係や、母親の病、彼自身の出自の秘密など、取り上げている内容は重たいものも少なくないが、映画のタッチとしては非常に爽やかで瑞々しくてヴィヴィッドになったのは、やはりマーク・ウェブ監督の持つセンス所以かな?と思う。こういう爽やかさを出せる人、好きです。
様相としては、トーマスの青春の1ページに思えるけれど、実際は、トーマスの目を通して見つめた、3人の(ジェフ・ブリッジス、ピアース・ブロスナン、シンシア・ニクソン)大人たちの青春の物語だと感じた。彼らの思い出の青春時代と、そして大人になって経験する幾度目かの青春と、青春時代からようやく一歩抜け出さんとするトーマスの存在がある。青春に終止符を打とうとする一人の青年と、青春などとっくに通過したはずの大人たちの青春の物語とが巧く重なり合い、ただ懐古的なだけではない立体的な青春映画になっているなぁと思った。