劇場公開日 2019年2月8日

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「強いストレスに常時さらされている21世紀の現代人は誰もがファーストマンなのかも知れません」ファースト・マン あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0強いストレスに常時さらされている21世紀の現代人は誰もがファーストマンなのかも知れません

2019年2月12日
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鑑賞方法:映画館

心から感動しました
前人未到どころか人類初
その大事業の成否の責任を一人で荷負う
一体そのストレスを普通の人間が耐えきれるものだろうか
ファーストマンも一人の人間にしか過ぎない
その人間にそれだけの巨大なストレスを受け止める事ができるものなのか

私達は半世紀前の歴史的事実として、成功していること、そしてその過程も全て知っています
けれども、その大事業の影に人間の精神の苦しみ、ストレスの計り知れない大きさを理解してはいなかったのです

巨大なストレスの重圧がのしかかり壊れそうな人間の姿
それだけでなく彼の家族
妻や小さい子供達までを押し潰そうとしているのを、懸命に耐えしのごうとする姿を見事に描ききっています
長男の母へのいたずらは子供に及んだストレスを見事に活写していました

フラッシュバックする幼くして死別した娘カレンとの日々は主人公ニールが本当はどのような人間であったのかを提示します
なぜ妻が彼を選んだのかも語られます
そしてその最良の日々の喪失
実はそのストレスこそがニールにとっては巨大過ぎて、もはやニールの心をそれ以上に麻痺させることは不可能だったのかも知れません
それ故に人類初の月面着陸のストレスにも耐えられたのかも知れません
娘の死に向き合うことからの逃避こそが彼のエネルギーの源だったのかも知れません
彼は娘が死んでいなければ宇宙飛行士の公募にはエントリーすることは無かったはずの男だったのです

月面での鎮魂シーンで物語は閉じられます
彼の本当のストレスは死の世界のような月面での娘への鎮魂で解放され閉じられたのです

そして彼は地上に帰ってきます
肉体がアポロ宇宙船で帰って来ただけではありません
その魂がようやく地上に帰って来たのです
月に向かう前に子供達に向き会え、生死が保証できない旅であることを覚悟させろと迫った妻と検疫室のガラス越しに向き合うのです
言葉はありません
ガラス越しにキスを手で交わす時、ニールの魂が地上に舞い戻ったことを妻は知ります
それは彼女の巨大なストレスから遂に解き放たれた瞬間でした

若い時の自分なら、このラストシーンの意味を読み解けることも共感することもできなかった
月に向かう最後の夜の妻の言葉の切実さ、迫力の意味に涙することもできなかったはず

この物語を若いチャゼル監督が撮ったというその才能には脱帽するしかありません

16ミリのざらつく画面は、60年代のそのものの空気を私達に実感させ、登場人物のアップの多用がストレスのレベルを胃に伝えてきます

アナログのメーターは当時の技術レベルを示し、振動しブレる画面、軋む機体の騒音が危険の高さを肌感覚で簡潔に伝えます
見事としか言い様のない演出です

そしてライアン・ゴズリング
彼の21世紀的なにやけた甘い顔は、ストレスに歪んだ60年代に生きている人間の顔になっています
どこからどうみても21世紀の人間ではなく、当時の記録フィルムの中にいる男が動いている姿です
台詞も感情を示すシーンもとても少ない主人公役であるにも関わらず、素晴らしい実在感をみせた名演だったと思います

実在の宇宙開発のシーン、科学考証ともに全く正解無比でした
その意味では2001年宇宙の旅レベルの
正確さ真剣さであったと思います

2001年宇宙の旅は未来の姿をリアルにみせる為に70ミリのシネラマで撮影され、本作は60年代の半世紀過去の姿をリアルにみせる為に16ミリで撮影する
真逆のようで同じアプローチの様に思えました

強いストレスに常時さらされている21世紀の現代人は誰もがファーストマンなのかも知れません
ニールの姿は私達が自己投影できる姿なのです
本作はそれ故に現代に於て撮られるべき必然のある映画なのではないでしょうか?
普遍的な価値を持つ名作だと思います

あき240