「紛れも無い"デイミアン・チャゼル監督作品"」ファースト・マン ヘルスポーンさんの映画レビュー(感想・評価)
紛れも無い"デイミアン・チャゼル監督作品"
物語や演出のリアリティや楽曲の素晴らしさはあらゆるところで語られているので、私はチャゼル監督作品という切り口で感想を語りたいと思う。
デイミアン・チャゼル監督は「セッション」や「ラ・ラ・ランド」でもひたすら主人公二人の"二人だけの世界"というものを描いてきたように思っている。
それは"二人にしかわからない世界"と言い換えてもいいと思う。二人以外の人間ドラマなど知ったことかというくらい、誰も介在できないその世界観が私はとても好きだった。
だって「ラ・ラ・ランド」はその世界がすごくロマンチックで切なくて好きだし、「セッション」ては嫌味、妬みという厨二病感全開(笑)の攻撃的な世界が若々しく(痛々しく)て好きだった。
本作はどうかというと、ニール・アームストロングとその娘カレンとの二人の世界があった。やはりここにもあった。
しかし、序盤でカレンの死により、主人公は一人ぼっちになってしまう。作中、ニールが感情を爆発させるのは、娘の死に対しての涙のみ。ライアン・ゴズリングの演技も素晴らしかった。そしてこの瞬間から、彼には家族や友人の言葉も届かない。親しい友人の死にも涙を見せない。そして事あるごとに、どこかにカレンの影を追ってしまう主人公。
しかし、ラストではやはり二人の世界だったんだということがわかる。月面でのニール・アームストロングの行動は監督のインタビューによると、史実ではなく、映画演出上の飛躍だとのこと。
フラッシュバックで娘カレンと見つめる先にあった月。彼はもしかしたらこの死の淵のような無の世界である月にも娘の影を追い求めていたのかもしれない。しかし、娘はどこにもいないのだ。地球に戻ったラストのラストで妻の差し伸べる手はガラスに阻まれて彼には触れることはできない。彼と娘の二人の世界には誰も介在できない。
ニール・アームストロングが月面で何をしていたのかは全くの謎である。