「着陸直前の”1202”アラーム”に、感動は倍増。」ファースト・マン Naguyさんの映画レビュー(感想・評価)
着陸直前の”1202”アラーム”に、感動は倍増。
物事を最初に成し遂げるということは、どれほど偉大なことなのか。多くの人がたどったあとでは、それは、"あたりまえ"になってしまう。
けっして例えが適切だとは思わないが、それは"妊娠・出産"に似ている。たいへん喜ばしいことで、周囲の家族からすると、"いつ生まれるのか"と待ちどおしく、"男の子か、女の子か"で気をもんだりする。まさか現代で"命の危険と隣り合わせ"ということはすっかり忘れている。
この映画を観て、"なんてことないロケット映画"とか、"「アポロ13」(1995)のほうがドラマティックだ"という感想を持つとしたら、すでに麻痺している。
多くのアニメや映画で、地球と宇宙を行き来するシーンを観すぎていて、"産みの苦しみ"を忘れているだけ。もとより出産の痛みなんて、オトコには分からないが…。
約50年前のロケット性能は、今から考えればオモチャ以下である。コンピューターの性能を表わす単位、FLOPS(毎秒浮動小数点演算)でいうなら、月に到達したアポロの誘導コンピューターは初代ファミコン2個分程度である。いま手元にあるスマホと比べたら、100億倍でも足りない。
デミアン・チャゼル監督と脚本家のジョシュ・シンガーは、"常に死と隣り合わせ"のミッションであることを描くためだけに全力を尽くしている。
映画冒頭、ニール・アームストロングが宇宙飛行士になる直前、幼くして病死した娘・カレンの話は単なる家族エピソードではない。子どもが普通に成長することも、"あたりまえ"ではないことを表わしている。アポロ計画で亡くなった多くの宇宙飛行士の失敗や、何度も描かれる葬儀のシーンもそうだ。
一方でアームストロングの家族との団らんや、子供と遊ぶシーンは手持ちカメラで撮影することで、家庭用ビデオの雰囲気を出し、"生きていること"と"死んでしまうこと"の対比を強調している。
この映画は、アームストロング船長の伝記でありながら、ことさら月面着陸をサクセスストーリーとすることなく静かなエンディングを迎える。
失敗に次ぐ失敗に、"命と税金の無駄遣い"と反対運動をしていた世論も、結果として月面着陸のテレビ中継に歓喜する様子は、"出産"を喜んでいる第三者と同じである。
本作はIMAXカメラで撮影されているので、IMAX上映を選択するのもいい。しかし個人的に心からおススメしたいのは、4D系で観ることだ。
4D上映自体が、多くの作品を経て進化しつづけた結果、とても細かなモーション効果を表現できるようになっている。本作の冒頭から繰り返される、"飛行訓練シーン"や"ロケット実験"が、まさに飛行士の目線で"体験できる"。ともすると、"絶対に宇宙飛行士になんかなりたくない"と思わせるほどの疑似体験だ。
チャゼル監督の意図した、静と動のコントラスト比もより大きくなる。"アトラクション効果なんていらない"、なんて決めつけないで。映画「アポロ13」(1995年) の頃は、4D上映がなかったのだ。
最後に、知っている人と知らない人では感動がまったく違ってしまう重要なシーンがある。
月着陸船イーグルが、月面へのアプローチ中に出てくる[1202アラーム]だ。劇中では全く説明されない。アームストロング船長も、1202なんて知らない。「1202アラームの意味を教えてくれ」となる。
これは32歳の女性プログラマー、マーガレット・ハミルトンの開発した、偉大なるソフトウェアなのである。ヒューマンエラーを回避するためにひそかに作られた。万が一、何らかの原因でコンピューターがフリーズしそうになると、宇宙飛行士の生死に関わる重要なプログラムだけを再起動させる。そしてそれを知らせるのが[1202アラーム]なのだ。
この時点で、宇宙飛行士が何らかのミスを冒しているという意味でもあるのだが、この画期的なプログラムがなければ、アポロは月面着陸できなかった。
だから[1202アラーム]が何度鳴っても、オートパイロットは正常に作動し続けているという意味であり、「問題ない。着陸任務続行!」なのである。
このエピソードを知っているだけで感動は倍増する。NASAで働いた女性技術者・科学者たちの貢献は「ドリーム」(2017)でも描かれていたが、ほんとうに多くの科学者のバックアップがアポロを月面に導いていた。
(2019/2/8/ユナイテッドシネマ豊洲/シネスコ/字幕:松浦美奈・字幕監修:毛利衛)