タクシー運転手 約束は海を越えてのレビュー・感想・評価
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過去の事実を忘れないために観る
1980年代の韓国。いかに戒厳令下では、出版や言論が圧殺され、市民、学生、活動家たちが虫のように殺され、人権が封殺されていたか。それは、隣の国のことだけでなく、まさに自分達のことでもあった。裁判なしの長期拘留で小菅の東京拘置所は不法逮捕された学生で一杯だった。
1980年5月広州で大変なことが起こっている、軍に包囲された市民が無差別に一斉射撃で殺されている、そんな巨大な暗雲が立ち込めるような情報が広がっていき嘘であって欲しいと、すがる思いでTK生の通信な載る、岩波書店の月刊誌「世界」を待った時のことが昨日のように思い出される。
1979年12月、クーデターで軍の実権を握った全斗換は、翌年全国を戒厳令下に置き執権の可能性のある金泳三と金大中を逮捕、監禁した。(金大中に死刑判決が下りたのが、1980年9月。)金大中は全羅南道出身で、全羅南道の道庁が広州だった。広州の人々の怒りは大きく、反軍民主化運動のデモが学生、知識人のみでなく10万人の市民が立ち上がり、軍部に反旗を翻した。
1980年5月20日。広州市の全南大学と朝鮮大学を封鎖した陸軍空挺部隊は、抗議に集まった人々と衝突。市民は郷土予備隊から奪った武器や角材、火炎瓶などで対抗した。翌21日には戒厳令軍が広州市を包囲、外部の鉄道、道路、通信回線を遮断した。そのため 広州市で何が起きているのか、全国の人々は知ることができなかった。
一方、軍による市民への無差別一斉射撃に怒り、立ち上がった怒れる市民の数は、日に日に膨れ上がり、金大中の釈放、戒厳令撤廃を要求した。5月26日には、陸軍部隊が戦車で市内を制圧。市民に対して無差別の逮捕、拘留 暴力がふるわれ軍の一斉射撃により多数の死傷者を出した。実際に亡くなった市民の数はわかっていない。公式発表では、死者行方不明者は、649人、負傷者5019人。戒厳司令部発表によると死亡者は170人、負傷者380人と食い違っている。
まことしやかに政府は広州暴動は北朝鮮によって工作され、金大中が内乱を起こした、と宣伝したが一笑に付された。いまは広州事件ではなく「5.18民主化運動」と規定されている。
唯一外国人による報道では、ドイツ公共放送(ARD)東京在住特派員だったドイツ人ユルゲンヒンツ ピーター記者が、広州に潜入して軍による民主化を求める市民虐殺の現場を撮影するのに成功した。彼は韓国から日本に帰ってから、事実を世界に向けて発信した。
映画「タクシー運転手」は、このドイツ人記者の話だ。
原題:「A TAXI DRIVER」
監督: JANG HOON
キャスト SONG KANG -HO ドライバー
THOMASKRETSHMANN ドイツ公共放送特派員ピーター
YOO HAE-JIN 広州のタクシードライバー
RYUJUN-YEOL 広州の大学生
ストーリーは
タクシー運転手、ソン カンホーは妻に先立たれ、11歳の娘と二人で暮らしている。妻の病気を治療するために蓄えをすべて使い果たしてしまい、今は日々の暮らしに汲々としている。個人タクシーで使っている車も、もう60万キロ走っていて、かなりガタがきている。娘の履き古した運動靴も、小さくなって履けなくなっているが、新しい靴を買ってやることもできない。
1980年5月20日早朝、彼は金浦空港で外人客を拾う。東京から来たドイツ人記者ピーターだ。彼は東京で、ソウルから到着したばかりの記者仲間が、反政府民主化運動が高まりを見せている、広州でひどいことが起こっているようだ、というのを聞いて、飛んできたのだった。
ソン カンホーはピーターを乗せて広州に向かう。
政治に関心の全くないソンは、昔、彼が兵役についていた時、軍人はみな規律正しい良い人達ばかりだった、と言い、反軍反政府の民主化運動を標ぼうするのはコミュニストだけだと確信している。ピーターはのんきで人の良い運転手との会話にイラつきながら乗車している。広州に向かう主要道路はみな封鎖されていた。それでは仕方がないから、とソウルに帰ろうとするソンに向かって、ピーターは「ノー広州、ノーペイ」と言い、広州に連れて行かないと代金は払わないと言い張る。慌てたのはソンだ。どうしても代金をもらわないと困るソンは、農家から聞き出した山道の迂回路を通って広州に入る。
街は騒然としていた。軍は市民に家に留まるよう、ビラをヘリコプターで撒いている。しかし人々は街に出て集会に参加していた。街のどこにも反軍反政府のプラカードが立っている。病院は軍との衝突で怪我をした人々で溢れかえっている。ピーターはヴィデオを回す。運転手ソンは、こんなに危険な所には居られないと、ピーターを置いてソウルに帰ろうとするが、怪我をした老婆に呼び止められ、彼女を病院に運んたところで人々の惨状を目にする。夜になって軍の攻撃も激しくなった。ピーターが撮影しているところを、戒厳軍にキャッチされた。ピーターとソンは、軍人に追われる中、学生のひとりリュ― ジーヨルの手引きで逃げ切ることができた。一刻も早く撮影したヴィデオをもってソウルに帰りたい。しかしタクシーはエンコして動かない。学生の兄、広州のタクシー運転手のヨー ハエジンの家の泊めてもらい、車の修理をしなければならない。
翌日から軍とデモ隊との対立は激しさを増す。街は陸軍が戦車で街を走り回る戦場だった。運転手ソンは車の修理を終えると、ピーターを置いて一人でソウルに向かう。11歳の娘が心配で仕方がないのだ。広州を脱出し、近くの街で娘のために靴を買う。昼食を食べるうち、街の人々のうわさ話が耳に入る。広州では学生たちが戦車に包囲されて殺されているらしい。しかし人々は、かつてのソンのように、「それはコミュニストが殺されただけだろう」、と人々は取り合わない。「そうではない。」年を取った老婆が、女子学生が、市民が無差別に射撃されているのに。
ソンは広州からひとり逃げようとしている自分を恥じ、ピーターのところに戻る。ピーターは、自分を追手から逃がしてくれた学生リュ― ジーヨルが捕えられ拷問の末、殺された遺体の横に居た。ピーターは死体で溢れる病院を撮影し、治安軍に追われ何度も危険な目に会いながら撮影を続けたすえ、ソンのタクシーでソウルに戻る。無事ピーターを金浦空港に送り東京行きの飛行機を見送った後、ソンは家に戻る。11歳の娘が待っている。
というお話。
深刻な歴史を扱っているが、笑いもあり、涙もあるヒューマンドラマに仕上がっている。
運転手役を演じた、SONG KANG-HOの演技力が冴えている。彼は妻を亡くしたシングルファーザーだが、飲んべいで人が良く、あまり物事を深く考えないごくごく普通の市井の人だ。だからこそ彼が、軍の横暴を目撃して、民主化運動は軍がいう北朝鮮コミュニストのスパイによって起こされたようなものではなくて、「人が人であるために当たり前のことを要求しているに過ぎない、」ということが分かった。思い込みが間違っていたら、人は考えを改める。人は変わることができる。
悲惨な、昔あったことを忘れないために私達は、こうした映画を観ることは価値のあることだ。日曜日の午後、歩いて行ける近くの映画館でこれを観た。若いカップルで映画館は一杯だった。多国籍国家オーストラリアで、若い人達がこうした映画を観て、自分たちや自分達の親が生まれ育った様々な国が、それぞれ持っている歴史的なできごとを映画を通して知る。民主化運動とは何だったのか。そして反芻して理解する。それはとても意味のあることだ。
ソン・ガンホのほんわかロードムービーかと思いきや
本年度ベストです。圧倒的。
今年に入って「デトロイト」、「ペンタゴン・ペーパーズ」と観て来た私にとってはホップ☆ステップ☆ジャンプのまさにジャンプに当たる作品。
この三作には共通して「真実を伝えようとする信念」を感じました。このような作品が同じ時期に公開され、ヒットしている背景には、やはり現実での報道に関する不満を感じずにはいられないし、映画もやはり人に何かを伝えるメディアであるということを改めて感じました。こういう映画が日本でメジャー作品として観れる日は来るのだろうか。
フィクションではなく現実、この世界と地続きに"今"という現実があって、主人公たちがちゃんと映画の中で生きていると思わせるリアリティはもちろんすごかったのですが(「この世界の片隅に」のように、細かな日常描写にさりげない笑いを挟み込んだり)、クライマックスへと向かって主人公が成長していく王道の展開に落とし込むことによって単なる実話の実写化映画ではなく、誰が観ても楽しめる普遍的な作品をつくることに成功しているように思う。
ただ真実を伝える映画を作るだけでなく、多くの人に見てもらおうという工夫を感じる。そして多くの人に見てもらうことこそが作品中のテーマともバッチリあっている。
ホロコーストを描いた2015年公開の映画「サウルの息子」では、ユダヤ系の人々が真実を伝えようと命がけで色んな手段で情報を伝えていったことにも通じますが、我々が今こうして映画として観るまでの道のりを考えてしまいます。
私に出来るのはこの映画を人に勧める程度。
とにかく、この映画を観れてよかった。
クライマックスのカーチェイスは少しやり過ぎかな?(笑)と思いましたが全然問題なし!
残酷描写に容赦がない韓国映画ですが、やはりあの子のあの顔のアップはつらい。リドリー・スコット作品を思わせる路地裏の煙モクモクシーンなど、画も綺麗でした。
また、娘の靴は伏線として回収して欲しかったです。あれだけ写したんだから最後までやってよ!(笑)
まあそんなことは全く問題にならないくらいの名作です。
シネマート新宿にて観賞。満席、立ち見の大盛況。エンドロール中は誰も席を立たず、終わった後には拍手喝采。最高の映画体験でした。
劇団ひとりに似ている人が何人か出てきます(笑)*最初に光州に向かう予定だったタクシー運転手など
事実が演出する強烈な人間ドラマ
1980年に起こった光州事件が舞台。事件を取材しようとしたドイツ人記者と、記者を乗せることになったタクシー運転手の話。
事件のことは何冊か本を読み、映画も観たので、ある程度のことはわかっていたが、映像で見るとまたこみ上げるものがある。お姉さんがおにぎりをくれるシーンからウルウルきてしまった。
軍人たちに殴られ、挙げ句の果てに銃で撃たれる市民たち。お金のためだけに光州に行った運転手でなくても、この現実に直面すれば、正義感を呼び起こされてしまう。後半は涙腺が壊れてしまったらしい。ふとしたシーンでもこらえることができなかった。
光州事件をこんな描き方ができるようになったことに時代の流れを感じる。彼らの自己犠牲は間違ってなかった。
蛇足だが、トランクにあったプレートを見逃した軍人や、タクシーと軍車のカーチェイスなど、映画的演出はもう少し抑えても十分いい映画だったのになと思った。何台ものタクシーはどこから来たのよ!?
キャラクター造形が凄い
1980年に韓国で起きた光州事件のことを描いてんの。そこを取材したドイツのジャーナリストと取材協力したソウルの運転手の話なのね。
オープニングで運転手の様子をぱっぱっと映して、人が良くてお調子者で娘思いってキャラを起ててくるの。
この主人公、実在のモデルはいるけど、個人を特定できてないんだよね。だから、どんな人か解らないところもあると思うんだけど「このキャラなら描ける」ってのをうまく創ってる。
光州で出会う歌謡ショーを目指してる大学生もそう。いかにも普通の大学生にしてあって「その人達が軍隊にやられたんだ!」って示すのね。
内容では、運転手と記者が光州に向かうにつれて「どうも、様子がおかしいな?」ってなってくんだけど、ここがうまかった。僕も光州事件のことは良く知らずに観てるから「え、光州で何が起きてるの?」ってくらいついたもん。
エグい事件を描いてるから、エグいよね。「韓国政府はどうして、こんなことやっちゃったんだろ?」と思うけど、この頃はまだ政権が安定してなかったんだろうね。
権力が暴走したときの恐ろしさ。それを止めることができるのは報道だけ。
ソウルに帰るとき、ソウルのナンバープレートが軍人に見つかっちゃうんだけど、見逃してくれるのね。軍隊の中にも、良心を持った人がいるってところも、ちょっと描いてんの。
韓国っていまドラマ、映画は凄いけどさ、政治・経済では存在感が以前ほどない気がすんのね。NICS、NIESなんて言ってた頃は凄かったのに。どんな現代史を持った国なのか、ちょっと学んでみたいなと思ったよ。
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