「真綿で首を絞めるように、じわじわと感じる異常な戦場の日常。」ロープ 戦場の生命線 たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
真綿で首を絞めるように、じわじわと感じる異常な戦場の日常。
戦争状態のバルカン半島において、人道支援のために奮闘するNGO団体職員の姿を描くブラック・コメディ。
主人公マンブルゥを演じるのは『スナッチ』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』のオスカー俳優ベニチオ・デル・トロ。
マンブルゥの同僚Bを演じるのは『トップガン』『ショーシャンクの空に』のオスカー俳優ティム・ロビンス。
マンブルゥの元恋人で、NGO団体の査察官カティアを演じるのは『007/慰めの報酬』『オブリビオン』のオルガ・キュリレンコ。
舞台は1995年のバルカン半島。
昔世界史の授業で、「ヨーロッパの火薬庫」と習った場所。
世界情勢に疎く、映画の舞台となった環境に対する知識がなかったため、映画鑑賞後に調べてみました。
この映画で描かれているのは「ユーゴスラビア紛争」といわれるもの。
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国は6つの国家からなる連邦国家で、多様な民族で構成されていたようです。
冷戦終結後、各国家で独立の動きが起こり、そこに民族主義の動きが加わったことにより泥沼な戦争状態に突入してしまいました。
作中の登場人物であるニコラ少年の親は、どちらか片方がムスリム(ボシュニャク)人だったようですが、ボシュニャク人は「スレブレニツァの虐殺」というジェノサイドの対象になるなど、かなり虐げられていた人種のようで、そのことが作中の悲劇にも繋がっているのでしょう。
作中の時代設定である1995年以降も戦闘は続き、現代に至るまで完全な解決には至っていない…。
停戦状態のバルカン半島で活動するNGO団体職員のマンブルゥ、ビー、ソフィーと、現地通訳のダミール。
この4人が井戸に投げ込まれた死体を取り除くべく、ロープを探して奔走する中、査察官のカティアと現地の少年ニコラとも合流する。6人で戦争地域を移動しながら、戦地のリアルを目撃していくという一種のロードムービー。
生々しい戦争を描いているが、戦闘行為は一切なし。発砲するシーンすらない。
描かれるのは戦争と戦争の合間の淡々とした日常であり、その中で仕事をするNGOの姿だけである。
従って、ちょっと退屈といえば退屈かもしれない。
実際睡魔が襲ってくることもあった。
基本はコメディタッチであり、ビーとダミールのやりとりや、真面目で融通が効かないソフィーの態度などには笑わせてもらえる。
戦場にいながらも痴話喧嘩をくり返すマンブルゥとカティアの姿など、世界中何処でも見られる何気ない日常のようである。
しかし、ユーモラスなキャラクターたちの裏側には暗い戦争の爪痕が随所に見られる。
ロープの一本を手に入れるのにさえ苦労するという異常な事態。
国連軍の介入により緊張感が増す現地の様子など、まるでドキュメンタリーのような緊張感がある。
そして、クライマックスのあの何とも言えないやるせない感じ。
外部の人間による支援と、現地の住民との軋轢。
融通が効かない規則により活動が制限されざるを得ない現実など、やるせない気持ちにさせられる。
しかし、死体一つ片付けられない現実に打ちひしがれながらも、次なる仕事に向けて晴々とした表情で向かう主人公達一行の姿には確実に人間としての尊厳の姿を見ることができ、鑑賞後には晴れやかな気持ちになることは間違いなし。
原題は「A Perfect Day」。
この題を皮肉と取るか、戦闘行為の起こらない完璧な一日であるととるかは観客次第か。