「自分らしく、愛を謳って」ナチュラルウーマン 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
自分らしく、愛を謳って
本年度アカデミー外国語映画賞を受賞したチリ映画。
おそらく受賞理由は、今ハリウッドが求める偏見の無い性の自由や社会的マイノリティーの訴えなどが評価されての事だろうが、それでなくともヒューマン・ドラマとして秀作。
気になってて結構期待してたが、こりゃ期待以上に良かった!
昼はウェイトレス、夜はクラブのシンガーとして働くトランスジェンダーのマリーナ。父親ほど歳の離れた恋人と暮らしている。
ある日、彼が急死。
それをきっかけに、社会のトランスジェンダーへの不条理な差別/偏見を受ける事に…。
まず、救急搬送先の病院で怪訝な対応。
搬送前、彼が自宅の階段から転げ落ちて怪我を負い、マリーナが暴力を振るったのではと疑われる。
病院に警察も呼ばれ、質問責め。
警察には後日呼び出され、そこで、恥辱的な取り調べ…。
彼の遺族と会う。
彼の弟はさほど偏見の無い人物だが…、
元妻は礼儀的に感謝を述べるも、言動に時々トゲがある。
差別/偏見の塊なのは、息子。
不法侵入。脅迫紛いの威圧的な物言い。果ては仲間と共にマリーナを無理矢理車に乗せ…。
もはや犯罪レベル。警察はマリーナを白い目で見るより、この男こそ厳重注意すべき。
元妻や息子の仕打ちはどんどん酷くなっていく。
一緒に暮らしていたアパートから出て行ってと言われる。
彼の葬儀が行われるが、参列しないでと…いや、もっとはっきり言うと、「来るな」と辛辣なまでに釘を刺される。
愛する人を失ったばかりか最後の別れを言う事も許されず、家を追い出され、可愛がっていた犬まで奪われ…。
何故、彼女はこんな苦難に見舞われる?
一体、彼女が何をした?
遺族からすれば、自分の身内がトランスジェンダーと…いや、ここは彼らの差別的な言葉で言ってしまおう。
自分の身内が怪物、オカマ、男オンナと愛し合っていたなんて、恥!
世間に知られたら、何て言われるか…。
そんな彼らの気持ちも少しは…これっぽっちも分からない!
例えば、マリーナの性格が最初から遺産を狙うような悪人だったら話は別だ。
マリーナは性的には“ノーマル”じゃないかもしれないが、性格的には“ノーマル”だ。
警察や社会の偏見にうんざりしたり、時々プチギレたりもしたけど、美しい心の持ち主だ。
時に社会は、人の性格より、世間体を重視する。
マリーナは葬儀に参列する。
散々罵られる。故人や遺族に敬意を払え、と。
敬意だと?
お前らこそ敬意を払え。
彼女が彼をどれほど愛し、最期までどんなに献身したか。
トランスジェンダーだからとかじゃない。
人の人に対する敬意を。
マリーナ演じるダニエラ・ヴェガは、自身もトランスジェンダーで歌手。
時に凛々しく、時に美しく見栄える存在感は圧倒的。
勿論、美声も披露。
本業が歌手だからと言ってそれに偏りせず、あくまでトランスジェンダーとしてのありのままの姿を描き切ったセバスティアン・レリオの演出も称賛モノ。
セクシャル・マイノリティーを題材にした作品だが、本作は、普遍的な愛のドラマ。
愛に生き、愛した人に別れを告げ、その変わらぬ愛を胸に、歌い、自分らしくあり続ける。