「マジックリアリズムの凄み」ナチュラルウーマン kkmxさんの映画レビュー(感想・評価)
マジックリアリズムの凄み
本作はLGBT映画というよりも、愛と別離、再生、そして「自分として自分を生きる」映画だと感じました。
マイノリティーとして生きるマリーナにとって、唯一わかってくれる人がオルランドだったと思います。マリーナが強く生きることができるのは、オルランドとの関係が深く影響しているはず。
マイノリティーであるマリーナは偏見に曝されているし、法的に尊厳が守られてない可能性もあり、ナチュラルに生きることが難しいです。でも、オルランドの元では、ナチュラルに生きれたのでしょう。まさに、You make me feel like a natural woman です。オルランドの存在は唯一の安らぎであり、オルランドがわかってくれるから彼女は彼女自身になっていくことができたのです。彼女がエンディングで歌う歌曲の歌詞「木陰」はまさにオルランドのことでしょう。
そんな、深いつながりのあるパートナーが突然いなくなる。そして遺族の邪魔が入り、最期のお別れができない。ここでお別れができなければ、マリーナはマリーナでなくなってしまうのだと感じました。この世界に根差せたのはオルランドがいたから。オルランドを失った世界では彼女自身も失われる。彼女がこの先を生きるには、彼との物語を完結させ、歴史を内側に留めておく必要があるのです。
だから、マリーナの闘いは全力なのです。もはやマイノリティーなど関係なく、自分の全存在を掛けて最期のお別れをしなけらばならなかったのです。犬を取り戻すのは、犬が彼とのつながりを現実的にも心的にも証明するものだからでしょう。
そして、マジックリアリズムの強力さも印象に残ります。繰り返し現れるオルランドの面影。幻想とも取れますが、おそらく心的なイメージであり、彼女の中のリアリズムです。
特に終盤のオルランドの面影と口づけを交わしてからの一連のシーンはパワフルで、オルランドの遺体との対面〜ついに流す涙というクライマックスで強烈なうねりを作り出しています。
マジックリアリズムは個人的にめちゃくちゃフィットする技法です。頭での理解を超越して、核心的なものが無意識に直接投げ込まれるような体験があります。概して映画はそういうものかもしれないですが、マジックリアリズムだとそれがより研ぎ澄まされて心に届いてきます。
本作において、マリーナとオルランドとの関係は具体的にはほとんど描写されていません。しかし、2人の関係が本当に深くかけがえのないものであることがマジックリアリズムを用いた見事な演出で伝わってくるのです。凄い。
そして、リアリズムの面でもズバ抜けた説得力があります。マリーナ演じるダニエラ・ベガの存在感が本作を特別なものにしていると思います。実際にトランスジェンダーを生きているからかもしれませんが圧倒的です。崇高な印象すら受けます。また、歌がいいんですね。
トランスジェンダーとして生きるマリーナへの偏見や苛烈な暴力もたっぷり描かれてますが、オルランドの遺族から受ける迫害は、どっちかというと泥棒猫への嫌がらせの側面が強そう。なので遺族との諍いの話なのであまり乗れなかった。
印象に残るのはむしろさりげない偏見ですね。あと、身分証を見せるしんどさとか、日常生活の局面局面でキツさがあるなぁと感じました。そりゃ、家でパンチングしますな。
オルランドの遺族との揉め事が話の中心に置かれているため乗り切れない面もありましたが、後半から特に終盤にかけては凄い体験ができました。エンディングも別格。観ている時よりもむしろ観終わって考察している時の方が心が動きました。地味ではありますが、かなりの名作だと思います。