「“Don't go around breaking young girls' hearts“ ウーマン・リブvsミソジニーはいつの時代も変わらず…。」バトル・オブ・ザ・セクシーズ たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
“Don't go around breaking young girls' hearts“ ウーマン・リブvsミソジニーはいつの時代も変わらず…。
1973年、女子テニス・プレイヤーのビリー・ジーン・キングと、男子テニス・プレイヤーのボビー・リッグスが行った男女対抗試合“バトル・オブ・ザ・セクシーズ“の顛末を描いたフェミニズム・スポーツ映画。
主人公ビリー・ジーン・キングを演じるのは『アメイジング・スパイダーマン』シリーズや『ラ・ラ・ランド』の、オスカー女優エマ・ストーン。
ギャンブル中毒の元テニス世界王者、ボビー・リッグスを演じるのは『リトル・ミス・サンシャイン』や『怪盗グルー』シリーズの、名優スティーヴ・カレル。
女子テニスウェアのデザイナー、テッド・ティンリングを演じるのは『バーレスク』『チョコレートドーナツ』の、名優アラン・カミング,FRSE。
製作は『トレインスポッティング』シリーズや『スラムドッグ$ミリオネア』で知られる映画監督、ダニー・ボイル。
「なぬ!“セクシー“だとっ!?」と思って鑑賞したあなた。残念ながらこれはそう言う映画ではございません。
女性初の10万ドルプレイヤーであるビリー・ジーンと、40年代を代表する伝説的選手ボビー・リッグス。性別も年齢も異なる2人の、意地とプライドと金を賭けたガチンコテニスバトルを描いた作品であります。
ちなみに、3万人を超える観客と、9000万人の視聴者を釘付けにした歴史的一戦のようなのですが、自分はこの試合の事を一切知りませんでした。と言うか、ビリー・ジーン・キングもボビー・リッグスも完全に初耳。以下は圧倒的なテニス弱者の感想となります。
ボクシングのモハメド・アリや野球のジャッキー・ロビンソンなど、社会運動の象徴として語り継がれる偉大なスポーツ選手が存在していますが、ビリー・ジーン・キングもその1人。女性やレズビアンの地位を向上させたとして、テニス界を越えて尊敬を集める人物なのです。
ちなみに、マイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」(1983)と何か関係があるのか?と思って調べてみたが、どうやら全くの無関係の様です。…今まで意識した事なかったけど、これすげー歌詞だな💦
女性解放運動のシンボルとして世間をリードするビリーに対するのは、どうしようもないギャンブル親父ボビー・リッグス。映画を観るだけではただの中年ミソジニストなオッさんなのだが、実はウィンブルドンと全米選手権を制した事もある超凄腕。「母の日の虐殺」と呼ばれるマーガレット・コートとの試合だが、55歳のオヤジが年間グランドスラムを達成した名実ともに最強の女性選手を完膚なきまでに叩きのめしたと言うのは普通に強すぎる。ダメオヤジだからあまりそうは見えないが、これが『ロッキー4』(1985)のイワン・ドラゴみたいな見た目だったら映画のトーン自体がガラッと変わっていた事だろう。
50年以上前の出来事ではあるが、大言壮語と派手なパフォーマンス、人をおちょくる態度など、リッグスの描き方は完全に某アメリカ大統領そのもの。ユニークなキャラクターで大衆を惹きつけ、彼らを差別的な発言で扇動する事によって自らを教祖化していくというやり口、ついこの間の大統領選挙で見たぞっ!!
リッグスの描き方がどれだけ史実に忠実なのかはわからないが、本作が公開されたのは第1期トランプ政権の真っ只中。リッグスにトランプを投影しているのはまず間違いないだろう。本作で描かれている“性差の戦い“は今この時の政治情勢の暗喩であり、ただの史劇に終始していないところにこの映画の価値があるように思う。
フェミニズムかつLGBTQを扱った作品ではあるが、「女は善、男は悪」「同性愛者は正義」というような単純化が行われていない点も本作の美点。
ビリー・ジーンが不倫をしているのは紛れもない事実だし、ボビーの性格や家族への接し方には、むしろ好人物の風格さえ漂っている。作中随一の聖人、ビリーの夫ラリー・キングは男性な訳だし、ただ男を貶めて女性の素晴らしさを語るミサンドリーな作品ではない。
社会的に偉大な人物が家庭内でも清廉潔白とは限らないし、世間を騒がせるダメオヤジにもそうなった背景がある。そんな人間の悲喜交々が時にコメディとして、時に悲劇として描かれる。人生のままならなさがジワッと胸に沁みる事請け合いな映画である。
もちろんビリー・ジーンさんはとても立派な人物である。当時リアルタイムでこの試合を観ていれば、きっと彼女の事を応援していただろう。
だが、映画的には生真面目すぎるビリーよりも破天荒なボビーの方が面白い。事実、彼が積極的に絡む様になってから物語に拍車がかかる。逆に言えば、彼があまり活躍しない前半部分はテンポ感がゆっくりで、どこかスリリングさにかける。WTA設立の過程やそれが軌道に乗るまでの様子が丁寧に描かれてはいるものの、再現VTRを観ているかのような緩慢さがある。WTAの件はサッと流して、前半からビリーとボビーのライバル関係を軸に物語をガンガン進めるのも一つの手だった様に思う。
ひとつ気になったのは、ラリーがビリーの不倫に勘づくシーン。ビリーの洗濯物から彼女以外の女物の下着が出てきた事でピーンと来るのだが、冷静に考えて女所帯でツアーをしているのだから、下着が他人の物と混ざってしまう可能性も十分にある。それなのに「あっ!あのマリリンって美容師とデキてんな…」と察するのは展開としてあまりに性急すぎないだろうか。それだけラリーの勘が冴えていたのだろうが、そんな事ってあるかなぁ…。
知られざる歴史を知る事が出来たし、テーマ性やキャラクターの描き込みは良いものの、今ひとつパンチが弱かった。興行的にもイマイチだったようだが、もう少し思い切りの良いコメディに振り切っていたら結果は変わっていたのかも。
ただ、エマ・ストーンの演技は今回も見事。『ラ・ラ・ランド』(2016)でオスカーを獲得したすぐ後の出演作という事もあり、とにかく脂が乗り切っている。興行はともかく、演技面では彼女のハイライトと言っても良いのではないか。スティーヴ・カレルとの相性もよく、もっと2人が同じ画面に収まっているシーンを見てみたかった。
激しく火花を散らしたビリーとボビーだが、実はこの2人の仲は良かったのだとか。1995年にボビーが亡くなるまで、この友情関係は続いた。もしかすると、この“男女の闘い“は映画で描かれている様なウーマン・リヴvsミソジニーという単純な対立関係ではなかったのかもしれない。それとも、不良漫画みたいに「殴り合ったら俺たちダチ」という感じで絆が結ばれたのだろうか。
いずれにしろ、対立するイデオロギーの2人が手を取り合う事が出来たというのは寿ぐべき事態である。その未来を生きる我々も、彼らの柔軟さを見習わなければならない。