劇場公開日 2023年11月17日

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「15年の歴史を総括する圧倒的な作品でありながら軽快なユーモアもあり。タイトルに絶妙なウィットを滲ませたダニエル=ボンドの集大成」007 ノー・タイム・トゥ・ダイ よねさんの映画レビュー(感想・評価)

5.015年の歴史を総括する圧倒的な作品でありながら軽快なユーモアもあり。タイトルに絶妙なウィットを滲ませたダニエル=ボンドの集大成

2021年10月1日
iPhoneアプリから投稿
鑑賞方法:映画館

MI6を辞職したボンドはマドレーヌと共にイタリアのマテーラを訪れていた。二人は凄惨な過去を忘れて新しい人生を歩もうとしていて、マテーラを訪れたのはボンドがある場所を訪れるためだった。夜明けと共に朝食までに戻るとマドレーヌに言い残してホテルを出るが、そこには不審な影が近づいていた。

『007/スペクター』の直後から始まり予告で散々観せられたシーンを経て盛大な卓袱台返しの後に現れるダニエル・クラインマンによるタイトルロール。『〜スペクター』ではボンドの心情を湛えた歌詞をなぞるような映像でしたが、今回の歌詞はマドレーヌの慟哭かのよう。ビリー・アイリッシュの絞り出すような声に寄り添う007の系譜に忠実な圧巻の映像に飲み込まれてこれから始まる物語に向けて心拍数が跳ね上がります。

前4作を束ねるエピローグであることは覚悟していましたが、こちらが期待していた筋書きは序盤であっさり裏切られ、その後延々と繰り返されるどんでん返しに身を委ねていると163分の長尺はあっという間に過ぎ、この物語にこのタイトルを冠するといういかにも英国的なウィットが醸すペーソスに満ちた余韻に身を委ね、いつものように製作スタッフをしっかり労うエンドロールを眺めながら15年の歴史の終幕をしみじみと噛み締めました。

本作の撮影監督は『ラ・ラ・ランド』でオスカー撮影賞を受賞したリヌス・サンドグレン。イタリア、ジャマイカ、ノルウェー、フェロー諸島といったロケ地の特徴を的確に捉えた映像の美しさも格別ですが、緩急自在のアクションシークェンスが絶品。終盤にさりげなく挿入される長回しシーンは呼吸をするのを忘れるくらいの緊迫感に満ちています。美しい風景は無数にありますが、ノルウェーのアトランティック・オーシャン・ロードが特に印象的。大コケしたので観た人に会ったことがないミヒャエル・ファスビンダー主演の珍作スリラー『スノーマン 雪闇の殺人鬼』にも登場した道路ですが、ただでさえ実存するものとは思えない個性的な造型がさりげなく強調されていて眼福でした。

壮大な物語の締めくくりなので圧倒的な風格を持つ重厚な作品ですが、意外にも軽快なシャレが頻発。特にCIAの新米エージェント、パロマとの作戦遂行シーンはユーモアたっぷりで、『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』でダニエル・クレイグと共演したアナ・デ・アルマスのキュートさが全開でお腹いっぱい。ボンドの後任で007となったノーミも要所要所でシャレをかますし、Qやマネーペニーも今までになくチャーミングな側面を見せていて、雰囲気としては『〜私を愛したスパイ』や『〜ムーンレイカー』等ロジャー・ムーア時代の軽いノリが垣間見えて、この辺りはまだ40代前半の監督キャリー・ジョージ・フクナガが持ち込んだものかも知れません。新旧様々なアストンマーティンを登場させるファンサービスも嬉しくてこの勢いならロータス・エスプリも出るかなと期待しましたが、その期待は全然予想外の方法でしっかり満たされるので安心です。

そして何といってもダニエル・クレイグの存在感が圧巻。『ボヘミアン・ラプソディ』を何度も何度もスクリーンで観てしまったのでラミ・マレックがラミ・マレックにしか見えなくなっていたこともあるとは思いますが、トム・フォードが提供した様々な衣装をきっちり着こなしながら過去シリーズでは描かれなかったボンドの悲哀を体現、強烈な印象を残しています。

エンドロール後にはいつものセリフが出るわけですが、次作のボンドを引き受ける人はとんでもないプレッシャーに晒されるだろうなと心配してしまうほどの完成度。色々噂はありますが個人的にはダニエル・クレイグが醸したワイルドさがカケラもないニコラス・ホルトに演じて欲しいなと思っています。

よね