劇場公開日 2018年8月18日

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「象と過去へ遡る旅」ポップ・アイ よしたださんの映画レビュー(感想・評価)

2.0象と過去へ遡る旅

2018年9月6日
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鑑賞方法:映画館

悲しい

幸せ

寝られる

 人間の滑稽さと哀しさが全編に滲み、歌謡曲っぽい音楽が流れる。アキ・カウリスマキの映画の雰囲気に非常に似ていると思った。
 配給会社の「つかみ」としては、象とおじさんの道行きという、いかにもタイのお国柄を活かした感のあるところなのだろうが、映画から受けたより強い印象は、まったく別の側面から受け取った。
 それは、初老の男性の性へのコンプレックスである。
 職場で戦力外通告をされた日、主人公は家で「おとなのおもちゃ」を発見する。妻がこうしたものに慰められていたことを知り、仕事と夫婦生活の両方への自信を失ったようだ。
 しかし、映画が進むうちに彼の性への自信のなさは、この時に始まったものではないようであることが分かってくる。
 地方の街道沿いにある、飲み屋兼売春宿での、ゲイと娼婦との邂逅は、どうやら彼が性的に女性を満足させることができないようであることを告げる。
 そして、その原因には、どうやら彼の故郷に残っているおじさんが関係していることが分かってくる。そのおじさんのもとへ久しぶりに会いに行くことを、妻に「少し緊張する」と話すところは、この映画の最大のサスペンスであろう。観客はこのおじが一体どんな人物なのであろうかと、怪訝な思いで想像を膨らませることとなる。
 故郷に近づくと、主人公の幼い日の記憶が再現される。田舎の家の広縁でテレビに夢中になっている子供たち。「ポパイ」のアニメが力強さ、男らしさを無邪気に誇っている。
 そのテレビの陰では、若い男女が愛を交わすことに夢中になっている。その若い男女の生々しい姿をたまたま見てしまう幼い日の主人公。
 字幕は、この男女が誰であるのかについて言及しない。だからこれは私の単なる想像に過ぎない。それでも、この主人公の性的な弱さの原因が故郷にあるとすれば、この二人はおじさんと彼の母親ではなかったのだろうか。
 主人公が早くから故郷を出て都会で勉学に打ち込んだ末に建築家となったこと。長い間、帰郷はしていなかったこと。おじさんとの再会は「少し緊張する」し、現在のおじさんには若い妻と、孫ほどの年齢の息子がいること。おじさんと母親が男女の中であったのなら、これらの符号が合うような気がする。
 主人公の性の問題に関して映画は、「どうやらそうらしい」というところまでしか言及しない。最初から最後までこの文体を崩さずに語り切る編集が素晴らしい。
 何となくぼんやりとした情報のみで、一人の男の人生の苦みをはっきりと伝えている。

佐分 利信